第10話 冷徹皇子のパゴス宮
レティシアは市井に出るため、レイモンドを利用してライオネルに交渉をしかけようとしていた。
レイモンドとエマはライオネルの住む宮「パゴス宮」を訪れる。
パゴス宮はレグラント王国の皇太子が住む宮である。
ライオネルは12歳ながらにして様々な政務を行っているが、表向きは母である王妃エレオノーラの補佐ということになっている。
彼は一日のほとんどを、このパゴス宮の執務室で過ごしていた。
彼の日々の忙しさの実態を知るのは、ギルバート含む数少ない彼の側近たちと王妃だけである。
「ギル、お前暇なのか」
ライオネルは山積みに積まれた書類に目を通しながら、手を止めることなくギルバートに苛立った声を投げかけた。
「殿下ぁ~、パワハラですよお~」
ギルバートは口をあんぐり開け、両手を目の下に持ってきてウソ泣きをした。
「殿下、よろしいでしょうかな」
二人のいつもの掛け合いを全く気にせず、一歩前に出たレイモンドがライオネルに優しく微笑みかけた。
ライオネルは書類をめくる手を止めて、レイモンドの方を真っすぐ見た。
「報告だな、よろしく頼む」
レイモンドは机のそばまで静かに近寄り、手に抱えていた書類をライオネルに差し出す。
ライオネルはそれを片手で受け取ると、パラパラと目を通した。
彼は一通り目を通した後、ふーーっとため息をついた。
「問題ないな。マリアンヌ・エインワーズの腕はやはり確かなようだ」
「わたくしめも同じ意見にございます」
レイモンドは丁寧に頭を下げて答えた。
「エマ、姫の様子は?」
ライオネルはレイモンドの斜め後ろに立つエマへ視線を向けると、間髪入れずに尋ねた。
「特にこれといって気になることはございませんよ~」
エマは微笑みながらそう答えた後、見つめると飲み込まれてしまいそうな不思議なまなざしのまま続けた。
「ただ、本当に少しだけ気になったことがございます~」
「なんだ、言ってみろ」
「殿下は、レモンケーキはお好きですか~?」
エマの質問を聞いたライオネルの鉄壁の表情が、わずかに崩れるように眉がピクリと動いた。
「私は、好きではないが」
エマからふっと下の書類に目をそらしながら答える。
「そうですよね~、レグラント王国ではあまり食べられない食文化だとお聞きしたので~。ちなみに私は大好きですよ~」
エマは口を片手で軽く隠しながらふふふと笑った。
「それがどうかしたのか」
ライオネルは再びいつもの表情に戻ってエマをもう一度見た。
「姫様が食べてみたいとおっしゃっていました」
エマは少しだけ口角の上がった表情できっぱりと答えた。
執務室の空気が一瞬で凍り付いたようだった。
ライオネルの崩れない表情の中で、彼の瞳だけが驚きを隠せない揺れ方をしていた。
「分かった、また報告を待っている。下がって良い」
そう言うと、ライオネルは再び書類の山に手を伸ばし始めた。
「私は失礼しますね~」
エマは微笑みながらお辞儀をし、軽いスキップで部屋から下がっていった。
エマが退出したのを見届けた後、レイモンドがもう一つの書類をライオネルに差し出す。
「なんだこれは」
ライオネルは書類に目を通しながら手を止めることなく言った。
「姫様が、困窮している国民に仕事を与えたいとおっしゃっていました。こちらは姫様の発言を元に、わたくしめがまとめたものでございます」
レイモンドの言葉を聞いてライオネルの動きがピタリと止まる。
手は書類を持ったまま、視線だけレイモンドの方へ動かした。
レイモンドは変わらず微笑みを浮かべている。
ライオネルはいかにも嫌そうな顔をして、投げやりに政務の書類を机に叩きつけると、レイモンドから差し出されている書類を片手で無造作に奪い取った。
そのまま書類にパラパラと目を通す。
「ギル」
「はい、殿下」
ライオネルはギルバートを見ることなく、隣にいた彼に片手で投げやりに書類を渡した。
にっこり笑顔で書類を受け取ったギルバートは、両手で丁寧に持ちながらその書類に目を通した。
「驚きましたね」
ギルバートは顎に片手を当てながら、書類をまじまじと見つめた。
ギルバートの言葉を聞いたライオネルは、ゆっくりと目を瞑りふーーっとため息をついた。
目を開けるとレイモンドの事をしっかりと見据えて口を開く。
「許可する、ただし、外に出るときは必ずクリスタを同行させろ」
「承知いたしました殿下」
レイモンドは再び丁寧に頭を下げて答えると、静かな足取りで部屋から下がっていった。
レイモンドの気配が完全に無くなると、ライオネルは無表情のまますっと立ち上がった。
そして普段の皇太子ライオネルとは思えないような、年相応の少年の顔つきになった。
あるいは、性格が異なる別人のような顔つきで。
そのまま頭だけゆっくり動かしながらギルバートの方を向き、彼をじっと見つめた。
「なんですか~」
ギルバートは笑いながら茶化すような態度で、ライオネルをじっと見つめ返した。
「書類仕事で疲れたから、剣術にでも付き合ってくれギル」
ライオネルはぶっきらぼうに言った後、右の頬を膨らませた。
「しょうがないなあ、僕が勝ったらライの今晩のおやつを一つもらおうっと!」
ギルバートはライオネルを愛しそうに数秒見つめた後、嬉しそうにその場で跳ねながら答えた。
「馬鹿言えよ、ギルが僕に勝てたことあるっけ?」
ライオネルは腕を前で組んで、得意げな表情を浮かべる。
「魔法使うのなーーし!それはずるーー!」
ギルバートはライオネルを指さしながら鼻息を出し、その場で軽く地団太をした。
~はじまりの章(1~10話)のキャラクター紹介~
【登場キャラクター】
☆「レティシア・レグラント」(3歳) 本作の主人公
前世は兄とともに各国をめぐっていた移動商人「ミーナ」(14歳)
ミーナはブロンドのボブで赤い瞳だったが
レティシアは銀髪でふわふわの長い髪に薄黄色の瞳
持ち前のコミュ力と兄の教えで困難を乗り越えていく明るい性格
レグラント王国 第1王女 側室の子
離宮「アルキオネ宮」に住んでいる
☆「ライオネル・レグラント」(12歳)
レグラント王国 第1王子 皇太子
皇太子の宮「パゴス宮」に住んでいる
剣術・勉学共に才能に溢れ、いつも冷静で冷酷。
レグラント王族が引き継ぐ「氷の魔法」の才にも秀でている
サラサラの銀髪にエメラルドの瞳を持つ
☆「マリアンヌ・エインワーズ」(23歳)
緑色の長い髪に青い瞳を持つ女性
髪の毛は普段は後ろに一つでくくっている
レティシアの専属侍女頭・アルキオネ宮の管理者として奔放してきた
とてもやさしく母性に溢れた人柄だが、主計の能力や頭の良さは秀でている
侍女たちに「生き遅れ」と舐められていたが…
☆「ギルバート」(16歳)
特徴的な薄いオレンジのツンツン髪に青い瞳
ライオネルの専属騎士
どこかおどけたおちゃらけキャラだが、剣術の腕はこの若さで王国一との噂が
ライオネルと二人きりの時は、お互いを愛称で呼び合いタメ口で話す関係のようだ...
☆「レイモンド」(かなりおじいちゃん)
きちんと整えられた白髪
いつも穏やかで優しい笑みをたたえているが、優しい口調に似合わず放つ言葉は淡々としている
アルキオネ宮の執事として、人事管理をはじめ様々な事を管理している
☆「エマ」(年齢不詳だがマリアンヌよりは年上っぽい)
豊満な体つきに艶やかな茶髪のボブ、赤煉瓦色の瞳
レティシアの侍女
おっとりとした喋り方が特徴的だが、その瞳は不思議と吸い込まれるほど深い
騎士ギルバートの尾行?を見破るほど洞察力が鋭く、なんだか圧を感じる
侍女としての能力も高い
☆「クリスタ」(15歳)
栗毛のくせ毛、可愛らしい紺色の瞳、八重歯が特徴的
元気はつらつな少女、レティシアの侍女
花瓶を倒してしまうなど、侍女としてはおっちょこちょいで心配な面も
☆「ハンナ」(12歳)
痩せた短髪
アルキオネ宮の厨房で見習いとして料理を作っている女の子
ライオネルも認めるおいしい料理を作れる
10人兄弟の一番上の長女で、兄弟たちを養うために頑張っている
真面目で控えめな性格
☆「テオドール・レグラント」(8歳)
レグラント王国 第2王子
レイモンドいわく、素直で明るい性格らしい
☆「エレオノーラ・レグラント」(28歳)
レグラント王国 第24代王妃
ライオネルとテオドールの実の母
まだ即位できないライオネルの代わりに政治を行っている(という体)
☆「オズワルド・レグラント」(享年27歳)
レグラント王国 第24代国王
ライオネル・テオドール・レティシアの実の父
不慮の事故で死んだらしい
☆「アイリス」(年齢不詳)
好色家のオズワルド前王に愛されたとされる女性
レティシアの実の母親
消息不明
☆「ライ」(享年23歳)
レティシアの前世ミーナの兄
レグラント王国からフェルディナンド公国を目指す道の途中で馬車ごと落下
死亡する
レティシアからは生きていると信じられている
【登場国】
☆レグラント王国
レティシア達が暮らす国
氷の魔法を継承する国。王族のみ。
大陸の国々は共通の言語を使っているが、唯一文字だけは独自のものを使っている王国
レグラント王国歴を使用する。
他国の人間をきらう国民性があり、市井でモノを売るのが難しい。
貴族と平民の居住地域がはっきりと分かれている。
柑橘系のスイーツはあまり食べられない。
☆フェルディナンド公国
レグラント王国と国境を接する国
ライとミーナが目指していた国




