第11話 いざ市井へ!焼きたてロストフォロ!
ライオネルに市井へ出る許可を貰ったレティシア。
クリスタを必ず同行させるという約束の元、市井へ向かう。
レグラント王国の王都は、緩やかで大きな丘の上に作られている。
中心の最も高いエリアには王宮が作られ、それを囲むようにグレーの煉瓦で作られた貴族たちの居住空間。
そびえたつ数メートルの城壁を挟み、今度は豊かな草原がぐるりと四方を囲む。
そして最も外側の円に、テラコッタ色の大きなレンガで作られた古い町並みの市井がある。
市井は曲がりくねっており、細い路地がたくさん張り巡らされている。
高低差も大きく所々が階段になっていた。
「姫様!姫様!ここはまず腹ごしらえからですよね!」
下へゆっくりとカーブする階段を、クリスタはいくつも飛び跳ねながら降りていく。
「クリスタ、あまり大声で喋ってはいけませんよ」
マリアンヌが控えめな声でクリスタを注意しているが、彼女には聞こえていないようだ。
―レグラントの王都の市街地は相変わらず街並みが綺麗よね
レティシアは自分の前世の記憶に残る街並みと照らし合わせ、感傷に浸っていた。
数時間前―
「レティ!お外に出れるの?!」
ライオネルから突っぱねられてしまうのではないかと、内心思っていたレティシアは、レイモンドから嬉しい知らせを聞いて勢いよく椅子から飛び上がった。
「すごいですね姫様」
マリアンヌはレティシアの喜ぶ姿を見て微笑んだ。
彼女の顔にも喜びの色が見える。
「姫様、市井へ行かれる際は、クリスタと必ず行動くださいませ。殿下からのお達しですぞ」
レイモンドはいつもの微笑み顔でレティシアにそう言うと、クリスタの方へ顔を向けた。
何の気になしに箒で床を掃きながら話を聞いていた様子のクリスタは、自分に3人の視線が向けられ数秒不思議そうな顔をしていた。
話をようやく飲み込めたのか、はっと気が付いた様子で箒を両手で握りしめて飛び上がった。
「あたしをご使命ですね!!喜んで!行きましょ姫様!」
彼女は愛くるしいくせ毛を上下にぴょこぴょこ揺らしながら、八重歯をにかっと見せて笑った。
「変装しないといけませんね~」
部屋の奥からエマが微笑みながら、長いローブと質素な服を何着か手に持ってやってきた。
「マリアンヌ様は、身長が高いのでこちらを~」
手際よく流れるように洋服を分けていくエマ。
少し戸惑いつつも服を受け取るマリアンヌ。
クリスタはぴょこぴょこ跳ねながらエマに近づいて服を受け取った。
「姫様は~、髪の毛が見えてはいけませんから~束ねましょう~」
またもや流れるように数秒でレティシアを着替えさせると、エマは不思議そうな顔をするレティシアを鏡の前に座らせる。
「エマ!あたしは?!」
クリスタは自分に渡された服を両手で握りしめたまま、母親を呼ぶ子どものように言い放った。
「あなたは自分で準備なさ~い」
エマはクリスタの方を振り向くことなく言葉だけであしらう。
エマに振られたクリスタは口をとがらせながらしぶしぶ着替えを始める。
そんなほほえましい様子を見ていたレイモンドが、ほほっと笑いながら部屋を退出した。
「エマ、レティはなんで髪の毛隠さないとダメなの?」
レティシアは幼い子が疑問に思ったことを無邪気に尋ねるように首をかしげた。
「レイモンド様ったら、お伝え損ねているのですね~」
エマは口の前で手を合わせて申し訳なさそうな表情をする。
「姫様のお綺麗な銀の髪の毛は、見たら誰しもが王族であると分かってしまうのですよ~」
レティシアの髪の毛を優しくブラシでなでながら彼女はそう答えた。
―はーーん、王族って魔法だけじゃなくて見た目も特別なんだ!ほえー勉強になった
「だからレティと殿下の髪の毛はお揃いなのねっ」
レティシアは鏡の前で可愛く笑ってみせた。
「ふふふ、ですから市井に出たら、お気を付けくださいね~」
エマはあっという間にレティシアの髪の毛を綺麗に編み込み、一つにまとめて首の後ろにお団子を作った。
現在に戻り、レティシア達は階段を下りた先の露店街へと続く道を歩いていた。
アルキオネ宮から市街地へは、貴族の居住地域を通ることなく行くことができた。
というのも、アルキオネ宮は主殿からかなり離れた位置にあり、貴族の邸宅と同じ円上にあるからだ。
もちろん城壁で囲まれており、貴族であっても出入りは容易ではないが、北東部が草原に接しており、そこから市井へ直に行くことができる。
―だから勝手に侍女たちを引き入れやすかったわけだ
国民は正当な許可がなければ貴族の居住空間にすら足を踏み入れることはできない。
王宮で働く場合も街の役場で正式に申請した後、正面入り口から貴族の邸宅を抜けてさらに王宮の正面城門から入らねばならない。
そのため住み込みで働いた後、週1で家に帰る侍女が多い。
アルキオネ宮の北東部の扉は、門番も立っておらず薄暗い。
常に鍵はかけてあるが、以前の状態であれば侍女がカギを盗んで開け閉めすることも難しくはなかっただろう。
―ある意味王宮への抜け穴ね…
一方でレティシア達が今歩いている市井は、古いレンガ造りの町だが明るく、王国の建国の歴史を感じさせる趣ある街並みだ。
「姫様!姫様!おすすめの食い物があるんですよ!行きますよね!」
相変わらずクリスタは嬉しそうに飛び跳ねまわって歩いている。
おっとりしているが締めるべきところは容赦なく締めるエマと違って、マリアンヌはよっぽどのことでなければあまり強く出られない性格だ。
ここにはしゃぐクリスタを鎮められる人間はいない。
「クリスタ、はしゃぎすぎると目立ってしまうから、エマに怒られてしまうわ」
レティシア自身もはしゃぎたい気持ちを心の奥にしまいながら、クリスタを優しくなだめた。
「そうでした!すいませんっ」
クリスタは手を合わせて頭の上に載せ、目をつぶって頭を下げた。
―マリアンヌはクリスタの態度にモヤモヤしてるみたい
レティシアはマリアンヌに直接尋ねたことは無いが、彼女の言動や名字があることからおそらくマリアンヌは貴族である。
クリスタの侍女らしからぬ行動や身分が上の者に対する言動に、モヤモヤしている表情が分かりやすい。
「マリアンヌ、レティと一緒に来てくれてありがとう」
レティシアは最上級のかわいこぶりモードで、マリアンヌの表情を晴れさせようとそっと微笑む。
レティシアの笑顔を見たマリアンヌは、あまりの可愛さに顔をぎゅっと縮めて悶絶した。
しばらく歩くと、露店街の通りの端に到着した。
こんがり焼けたお肉の香ばしい香りが、風に乗って流れてくる。
―やっぱりレグラントに来たらこれよねー!
クリスタが腹ごしらえをしようとレティシア達を連れてきた最初のお店は、屈強な体つきの人の良さそうな店主が営んでいる移動式の露店である。
長い棒に巻き付けられた肉が陽気な音を立てて油を弾き、表面をカリカリに焼き上げられている。
市井の賑やかな風に乗って、あちらこちらに肉の香ばしさが流れているようだ。
ミーナはレグラントの王都に来た時は、必ずと言っていいほどこの料理を食べていた。
レティシアは肉の匂いに思わず前世の記憶をくすぐられ舌なめずりをする。
「大将!ロストフォロを3つくれ!」
クリスタが慣れた様子で露店の前に行き、肉の傍らで作業をしている店主に注文をした。
「あいよー!クリスタ~!今日はどんなお客様をエスコート中なんだい?」
店主はいつものノリと言わんばかりに、からかい半分に言葉を投げた。
クリスタはにやりと笑いながら店主に近づき耳打ちした。
「いつもの調子じゃねぇか!」
店主はクリスタの言葉を聞いてガハハハと豪快に笑った。
ここの店主はこう見えてかなりの切れ者商売人だ。
一度見た客の顔は忘れないし、日々の風向きを読んで露店を開く場所を変えている。
ミーナのような滅多に訪れない移動商人のことも、しっかりと覚えてくれていた。
「ほいっと完成だ!ソースは辛いのと甘いのどっちにするんだい?」
柔らかく伸ばされたパン生地で、棒からそぎ落とした肉と色々な野菜をくるっと巻いて包んだあと、店主は前に置いてある二つのソースを指さした。
「あたしは辛いのにしますけど、姫…お嬢様がたはどうしますか?」
クリスタが店主から辛いソースのかけられたロストフォロを一つ受け取りながら、後ろを振り返って尋ねた。
「レティは甘いのにするけどマリアンヌはどうする?」
「私も姫様と同じにしますね」
レティシアとマリアンヌは店主には聞こえない距離でこそこそ会話すると、そろって甘いソースの方を指さした。
「おや~珍しいね!甘いの承知っまいどっ!」
店主はあっという間に二つのロストフォロにソースをかけると、手をぐんと伸ばして二人に渡した。




