第12話 不穏な音
市井に出たレティシア達は、クリスタの案内でレグラント王国の食べ物"ロストフォロ"を食べるため、露店街に来ていた。
一行はロストフォロを買った露店から少し歩き、色んな露天が並び活気づいている道を歩いていた。
王都の中で最も大きな露店街である。
道の幅も広く10メートルはあり、左右にずらりと並ぶ露店が800メートル真っすぐ続いている。
朝から晩まで人でにぎわっており、昼時はすれちがうのも困難なほどである。
レティシアは甘いソースのかかったロストフォロを、小さな口いっぱいに頬張りながら食べ歩いていた。
手の中にある大好物に集中しながらも、賑わう人々の様子を小さな目線で楽しむ。
マリアンヌはいわゆる"食べ歩き"をしたことが無いらしく、戸惑いながら香ばしいロストフォロに小さくかじりついて食べていた。
一番前を歩くクリスタの手元には、ロストフォロの見る影はない。
あっという間に豪快に4口ほどで食べてしまったようだ。
「姫..お嬢様!お嬢様!お次は"カラカラ"ですよっ!レグラントの愛国食といってもいいくらいなのに、お貴族様方は食べたことないなんて、ああっかわいそうです」
クリスタは舞台に立った悲劇のヒロインのような身振り手振りで、憐みの表情を浮かべて右往左往しながら歩いている。
不思議と行きかう人にはぶつかっていない。
―私は食べたことあるけどね
「楽しみだね、クリスタ」
レティシアはロストフォロにかぶりつきながらにっこりと笑った。
ふと、数メートル先から人々のざわつく声が急激に近づいてきた。
今の時間帯は特に賑わっている時間だ。
人の往来が多く、数メートル先は人込みで見えない。
どよめきの声と共に人込みの中から、長いローブを纏った一人の男が飛び出してきた。
小さな体のレティシアが見えていなかったのだろう。
二人の距離は数センチに迫っていた。
―ぶつかる
突然目の前に現れた大きな壁に、レティシアは思わずぎゅっと目をつぶった。
次の瞬間、レティシアを襲ったのは誰かとぶつかる感覚では無かった。
ふわりと、クリスタの腕に包まれ数メートル高く宙を舞っている。
彼女の華奢な腕からは考えられないほど、レティシアが落ちることが無いようにしっかりと抱かれていた。
「あっ!」
刹那の出来事に驚いたレティシアは、思わず手に持っていたロストフォロをぽろりと落としてしまう。
ぶつかりそうになっていた男は、体勢を崩して今まさに地面に前のめりに倒れ込もうとしていた。
レティシアがぶつかりそうになった時に、マリアンヌが動揺して手から離したロストフォロも、あと数センチで地面とこんにちはしそうだ。
クリスタの軽やかな着地と、二人の落としたロストフォロ、そして男が地面に倒れ込むのは同時だった。ここまで、わずか数秒の出来事である。
止まっていた時が動き出したかのように、周囲がどよめく。
男は小さく舌打ちをしながら立ち上がると、再び人込みの中に走り出した。
「姫様、マリアンヌ様とここにいてください」
クリスタは落ち着いた声色で、男が走っていった方向を見て端的に言った。
「えっ、クリスタ待っ…」
レティシアの制止する声も聞かず、クリスタは男を追い走り出した。
人込みの中を誰にもぶつからずしなやかに駆けていく彼女の姿は、とても一介の侍女とは思えない。
「どうしようマリアンヌ」
マリアンヌは一瞬の出来事にどうしたら良いか分からず、混乱して口をパクパクさせている。
―だめだ、私がしっかりしなきゃ
「クリスタはここにいてって言ってたけど、方向は分かるから追いかけたほうがいいかも…、行こうマリアンヌ」
レティシアは未だに混乱しているマリアンヌの手を引いて、クリスタが向かった方向へ走り出した。
ローブの男は薄暗い路地裏を、汗だくになりながら走っていた。
「くそっ!くそっ!」
次の曲がり角を曲がろうとした瞬間、男の頬に熱いものが走る。
目の前の壁には小さなナイフが突き刺さっており、男の頬から血がたらりと垂れる。
「ちょっと止まれよ」
ナイフが投げられた方向には、鋭い目をしたクリスタが立っていた。
男は慌てて振り返り、息を荒げて言う。
「まさか!お前も回し者かっ!どこまで追ってくる気だ!」
非常に血走った目で、心なしかおびえているようにも見えた。
「はぁ?あたしは、あたしの大事なお客様を傷つけたのに、お前が謝罪の一言もないから追ってきただけだ!」
「何を言って…」
何かを言おうとした男の表情が一瞬で凍り付き、ガタガタと震えだした。
その目は猛獣を前にした小動物のように揺れている。
「急にどうした?あたしまだ何もしてないよな?」
男の急変した態度にクリスタは首を傾げた。
するとすぐに、クリスタの背後からジャラジャラと金属が地面をこする音が聞こえた。
クリスタは背後の気配をそれまで一切感じなかったことに驚きつつも、瞬時に後ろを振り返る。
それを見たクリスタの表情が一瞬で青ざめ、下唇をぎゅっと噛んだ。
男の恐怖のまなざしが向けられていたものがそこにいた。




