第7話 老執事との心理戦
アルキオネ宮に新しい侍女がやってきたことで変わった状況を嚙みしめていたレティシア。
これもまた新しくやってきた執事の"レイモンド"から何やら話があるようで…
レティシアは半軟禁状態である。
レティシアの意思や独断で、アルキオネ宮の外に出ることは許されない。
レティシアは自分が冷遇されている理由を、推測だが掴んできていた。
レティシアの実母はおそらく、前王オズワルドが大金をつぎ込んだとある女。
だが、ライオネルの言う"罪人の娘"という言葉だけはピンときていなかった。
母親が罪を犯して処刑されたのであれば、その娘であるレティシアはもっと冷たい塔に投獄されるだとか、国民から非難されるだとか、それくらいの事はあってもおかしくない。
どっちにしろ、王妃の実の息子であろうライオネルからしたら、面白くない存在であるのは明確である。
「姫様、失礼いたします」
レティシアが椅子に座って考え込んでいたところ、扉をノックして入ってきたのはマリアンヌと執事のレイモンドだった。
レイモンドはきちんと整えられた白髪で、いかにもベテラン執事といった雰囲気だ。
マリアンヌが少し気まずそうにして、レティシアを見つめている。
「姫様、失礼ながら姫様はこの国、レグラント王国について、あまりお知りになられていないとお聞きしました」
レイモンドは優しい口調で、幼いレティシアの目線に合わせてかがんで話をする。
「申し訳ありません。本当は私が、姫様にお教えしなければならない事だったのですが、、」
マリアンヌが悲しそうな顔で俯く。
「マリアンヌより伝えるのは少し難しいとの事ですので、このレイモンドから姫様にお話をさせていただいてもよろしいですかな」
レイモンドは優しく微笑み、レティシアの答えを待った。
―教えてくれるなら話が早い
「うん、レティお話聞けるよ」
ほほっとレイモンドは優しく笑い、レティシアを優しくエスコートしながら別室へ案内した。
そこはおそらく、アルキオネ宮の勉強部屋だった。
中央に机と椅子が一つづつあり、それに向かい合うように壁を覆う大きな黒い板がある。
板の近くには巻かれた大きな紙やたくさんの本がとても綺麗に並べられて置いてある。
また、部屋全体を囲うように置かれた本棚には、たくさんの本が詰まっていた。
―王族だもんね、これから色々勉強しないといけないのかな
―商売のこと以外は苦手なんだよね~、兄さんが何でもできたし
レティシアは部屋全体をぐるりと見まわした後、机の前の椅子に座った。
「では姫様。さっそくですが、姫様の住まうこの国、レグラント王国の国王についてご存じですかな」
レイモンドは優しい笑みを崩さず、黒い板の前に立ってレティシアに話しかける。
「レティのお父さん?」
「そうですな、レグラント王国第24第国王、オズワルド・レグラント様です。残念ながら、姫様がお生まれになる少し前に、事故で逝去されております」
―生まれる前に亡くなってたんだ、なんか不運だな
「じゃあ、レティはもうお父様には会えないんだ」
レティシアは3歳児らしく、父親に会うことができない事実に悲しそうな顔を浮かべてみた。
「そうですな、しかし姫様には2人も立派なお兄様がいらっしゃいますよ」
レイモンドは少し寂しそうに笑った後、また優しい笑顔に戻ってそう言った。
―兄が2人いる?!ライオネル以外にもいるのか
レティシアはてっきり王子はライオネルだけだと思っていた。
そのため、突然告げられたもう一人の王子の存在に心の中では少し驚きつつも、3歳児の演技を続ける。
「ライオネル殿下は…」
レティシアは不安げな表情をしてレイモンドを見た。
「ライオネル殿下は御年12歳、この国の第1王子であり皇太子であらせられます。姫様の一番目のお兄様ですね。まだ成人されていませんので、オズワルド王がご逝去されてからは、王妃様のエレオノーラ様が代わりに国の政治を行っております」
―つまり、あと3年でライオネルは国王になる…奴が王になれば私は処刑される…
―脱出リミットはかなり短いと言う事ね…
考え込むレティシアに構うことなく、レイモンドは話を続ける。
「第2王子様は御年8歳、テオドール・レグラント様です。明るく気さくな方ですよ」
―第2王子と仲良くなれたら、可能性が広がるかも
さらに考え込むレティシアを、レイモンドは優しく見つめた。
「姫様、テオドール王子にお会いしてみたいですか?」
レイモンドからの突然の提案に、考え込んでいたレティシアは虚を突かれた。
「レティ、もう一人のお兄様に会ってみたい!」
絶好のチャンスを逃すまいと、レティシアは満面の笑みでレイモンドに訴えかける。
だが、レイモンドは優しい笑顔のまま淡々と言い放った。
「難しいかもしれませんね」
―えっ
思わずレティシアは本心から驚きの表情をみせてしまう。
「姫様はエレオノーラ王妃殿下の子ではありません。2人の王子様がたは、王妃殿下の実の息子であらせられますが…」
優しい笑顔を崩すことなく、レイモンドは続ける。
「姫様はアイリスという女性とオズワルド前王様の間に生まれた方でございます」
―前王が大金をつぎ込んで、結果的に国民を困窮におとしいれた…
ミーナに国の政治の事は全く分からない。
ハンナが直面していた現実や追い出された侍女たちを見てきた彼女は、レティシアの母親がどれだけ嫌われているかを理解した。
会ったこともないレティシアの母親に、ミーナは嫌悪感を感じて小さく唇を噛む。
「アイリスという方は、王妃殿下や王子様方から良く思われていないのです。姫様も同様に、良く思われていないようです。特にテオドール王子は、素直な方ですから」
「その、レティのお母様は、何か悪いことをしたの…?」
レティシアはすかさず悲しい表情を向け、ライオネルから言われたあの言葉の真意を探ろうとした。
「いいえ何も。ただ、レティシア様をお生みになられた後、行方不明になられました」
レイモンドの優しい表情は一切崩れない。
逆にそれが、彼が何を考えて3歳の姫にするには難しい内容を話しているのか読み取れない。
―どういうこと…単純に前王をたぶらかした女だから、王妃や第2王子に嫌われている…?
―それだけでライオネルのあの言葉が出てくると思えない…
レティシアが嫌われている理由は彼女の母親にある。
だが、ぼんやりと何かに覆われているような不気味さがあり、それが何なのか今のミーナには分からなかった。
「レティは、どうしたらいいんだろう…」
困ったレティシアは3歳児らしく、悲しく俯いてみせた。
「姫様は、とても賢いのですね」
思いがけないレイモンドの言葉に、レティシアの背筋が一瞬凍った。
―3歳児にしては、理解速すぎたかな…
レティシアは内心焦りつつも、悲しい表情を崩さずレイモンドを潤んだ目でじっと見つめた。
「そのまま、たくさんの事を学ばれて、姫様の優秀さをお示し下さいませ」
レイモンドは優しい笑顔のまま答える。
「誰もが姫様の事を認めるようになります」




