第6話 アルキオネ宮に吹く新しい風
ライオネルによって大幅な人事改革が行われたアルキオネ宮。
新しくレティシアの専属侍女になった彼女たちは、なかなかの曲者のようだった。
レティシアは自室のベッドに仰向けで大の字に横たわりながら、ライオネルから唐突に放たれた言葉を思い出していた。
―罪人の娘…
マリアンヌにレティシアの両親について尋ねた時に、彼女が何も教えてくれなかった理由と関係しているのだろうとミーナは思った。
―だとしても3歳の女の子にあんな言い方する?!
3歳児に向けるにはあまりにも残酷な言葉と態度をとったライオネルの理不尽さに、レティシアはイライラしながら手足をばたつかせた。
「姫様!朝食の準備ができるころです!冷める前に着替えましょう!」
クローゼットの少ない服の中から着替えを選び、少し幼さが残る元気な声でレティシアに話しかける彼女は、今朝からやってきた新しい侍女の"クリスタ"だ。
栗色のくせ毛と可愛らしい紺色の瞳に、笑った時の八重歯が特徴的な15歳である。
「髪はどういたしましょうか~」
レティシアの長い髪を梳かすための大きなブラシを片手に持ち、優しくおっとりとした声色でレティシアに話しかけたのは、クリスタとともにやってきた新しい侍女の"エマ"。
豊満な体つきに艶やかな茶髪のボブで朗らかな笑顔をしているが、彼女の赤煉瓦色の瞳はどこか吸い込まれるように深く、油断も隙もない不思議さがあった。
一方、マリアンヌはというと、これもまた新しくやってきたベテラン執事の"レイモンド"と一緒に、
アルキオネ宮の主計や侍女たちの配置について、別室で話し合っているようだ。
―正直、3人ともライオネルのスパイとしか思えない…
レティシアは心根ではそう思いながらも、クリスタとエマに対して3歳児らしく可愛く振舞う。
「レティ、可愛いお花をつけて欲しいな~」
エマは流れる手つきでクリスタから服を奪い、あっという間にレティシアに着せていく。
「ふふふ、じゃあこの青いお花を付けますね」
エマは微笑みながら、これもまた流れる手つきで髪を整え、レティシアの銀髪に映える青い花を飾り付ける。
「エマありがとう~!とっても可愛い」
レティシアは最大限のかわいこぶりでエマに微笑みかけた。
―前世でも顔は良かったからね~こういう愛嬌ふりまくのは得意分野なのよ♪
「どういたしまして~姫様がとっても可愛いからですよ~」
エマは妖艶な笑みを浮かべながら、吸い込まれるような目を少し細めてレティシアを見つめた。
タイミングよく、扉をたたく音が聞こえる。
「失礼します姫様、朝食の準備ができました。入ってもよろしいでしょうか」
「はーい」
レティシアはその礼儀正しい声の主に、元気に返事をした。
承諾の言葉を聞き、扉を開けて食事を持って入ってきたのはハンナだった。
どうやら新しく来た厨房長のもとで一緒に食事を作りながら、レティシアに直接食事を持ってくる給仕係になったようだ。
劣悪な環境で無表情のまま料理を作っていた彼女の面影はもうない。
痩せてはいるが、彼女の表情は明るく満ち足りたものになっている。
ハンナの事情について、レティシアはあの後詳しく尋ねた。
どうやら今のレグラント王国は、国民が困窮しており経済状況が悪化しているらしい。
なんでも前王、第24代レグラント国王"オズワルド・レグラント"がかなりの好色家で、ある女に金を使いまくった結果国の財政が傾き、悪い状況が戻ることなく続いている。
ハンナは10人兄弟の一番上の長女で、幼い妹、弟たちを食べさせるために働かなければならなかった。
しかし、困窮している市井で、成人していない女の子を快く雇ってくれる場所はない。
一人の姫の宮にしてはやたら多すぎる廊下でぶらついていた侍女たちも、どうやら働き所が無く困っていたようだ。
同じ境遇のものを既に宮で働いていた侍女が勝手に引き入れ、芋ずる式に増えていったようだった。
ハンナがポッケに忍ばせたかびたパンは、お腹を空かせて待っている兄弟の為に、こっそり持ち帰っていたらしい。
10人兄弟では毎日いくら食材があっても足りないだろう。
レティシアは料理に使い捨てられる切れ端などは、ハンナが自由に持って帰って良いと厨房長に話をつけた。
レティシアはハンナが運んできた温かい食事に手を付ける。
―お肉料理最高…!
いつも兄から食いしん坊だと笑われていたミーナは、久しぶりの好物に思わず喜びの顔を隠せず、口いっぱいに料理を頬張った。
「姫様は、肉料理が好きですか?」
ハンナが嬉しそうにレティシアを見つめながら聞いてくる。
「レティ、お肉大好き!あと、レモンケーキ!」
「レモンケーキ…?ですか」
レティシアの返答を聞いて、ハンナは驚いた様子で固まった。
―しまった、レグラント王国で柑橘系のスイーツってあんまり食べられないんだっけ…
レティシアは自分の失言に、とっさに片手で口元を覆った。
「レモンケーキ、どこかで食べられたことがあるんですか~」
横で微笑んで立っていたエマが、不思議そうにレティシアの顔を覗き込み見つめた。
「あーえっと!食べてみたいな~!って思って!」
レティシアはなんとか誤魔化そうと、とびきりの笑顔でかわいこぶりながら答える。
「作った事ないですが、厨房長に相談してみますね」
ハンナは両手を握りしめて顔の前で構え、やる気に満ち溢れた表情でそう言うと、部屋から下がっていった。
レティシアはハンナのやる気とエマの視線を気まずく感じながらも、黙々と料理を口に運ぶ。
隣で微笑みながら立っているエマの艶やかな茶髪が、レティシアにはなんだかギラギラしている様に感じられた。
「わー!ごめんなさい!」
大きな声と共にガシャーンと大きな音がした。
音のした方を見ると、割れた花瓶と水浸しで床に座り込んでいるクリスタがいた。
「クリスタ~」
エマは微笑みながらも、やれやれという態度で手早く花瓶を片付ける。
―少なくともクリスタは、あんまり警戒しなくても良さそうな気がするなぁ
レティシアは昨日までとはガラッと雰囲気の変わったアルキオネ宮の様子を、美味しい食事と一緒に噛みしめていた。




