第5話 冷酷な宣告
ライオネルによってアルキオネ宮のマリアンヌ以外の侍女たちが全員解雇されることになった。
レティシアは厨房のとある侍女の存在を思い出し、再びライオネルと交渉をはじめる。
マリアンヌ以外の侍女は全員解雇するとライオネルに言われ、レティシアは思い出した勢いで彼を止めたが、その後どうするかまでは考えていなかった。
「厨房に、美味しい料理を作れる侍女がいます」
「料理を作れる侍女なんていくらでもいる」
ライオネルは一切慌てる様子もなく、淡々と返した。
―マリアンヌは"帳簿"っていう分かりやすい証拠があったけど、ハンナのことはどうやってアピールしたらいいか分からない…
勢いで止めたものの、次に返す言葉が見つからず黙り込んでしまうレティシア。
ミーナが困った時は隣に兄がいて、いつも助けてくれていた。
ミーナが品物の良さを上手く伝えることができず困っていた時、ライがかけてくれた言葉を思い出した。
―口先だけでモノを売ろうとしても駄目だよミーナ、時には実物を先に見せてしまうのも一つの手立てだ
「彼女に会えば、彼女が素晴らしい料理人で素晴らしい料理を作れる人だってわかるはずです!」
レティシアは真剣なまなざしでライオネルに訴える。
ライオネルはふーーっとため息をついた。
「そこまで言うなら案内しろ、私は自分の目で見たものしか評価しない」
レティシアたちは、アルキオネ宮の厨房近くまで来ていた。
ライオネルに命じられた兵士たちの動きは素早く、すでに多くの侍女たちが追い出されている。
厨房でも、何人かの侍女たちが騒いでいるのが聞こえた。
「やめろ」
ライオネルの一言で、厨房の侍女たちを連れて行こうとしていた兵士たちがピタリと動きを止める。
突然の王子の登場に、厨房でレティシアの食材を我が物顔で食べていた小太りの侍女たちと、その奥で呆然とした顔で立っていたハンナが、一斉に厨房の入口へ視線を向けた。
「殿下?!ああどうぞお助け下さい!これはいったい!」
「だまれ、発言を許可した覚えはない」
慌ててライオネルにすり寄ろうとした侍女を、彼は一瞥して黙らせる。
侍女は彼の冷酷な視線に一瞬で固まったが、伸ばした手は行き場を失い宙をさまよった。
「姫の言う、有能な料理人とは誰だ?」
その他の侍女たちも、恐ろしさのあまり皆固まる。
「今すぐ料理を作って出せ」
その言葉を聞いて、小太りの侍女たちは明らかに動揺しはじめた。
以前、レティシアが様子をのぞき見した時、彼女たちは食材をそのまま食べていたが、料理を作っていた形跡はなかった。
「誰も作れないのか?姫の言っていたことは嘘偽りなのか?」
ライオネルはレティシアを冷酷に睨みつける。
レティシアは彼の鋭い視線を受けてもひるむことなく、奥にいるハンナの方へ歩み寄った。
そして、彼女のボロボロの手をそっと両手で握る。
「あなたが美味しい料理を作れること、レティは知っているのよ」
レティシアは驚きとおびえた表情で固まっているハンナにそっと語り掛けた。
「姫様…」
ハンナは驚いた様子で震える声を絞り出した。
「はやくしろ、私の時間は無限ではない」
ライオネルが厳しい言葉を二人に投げかける。
ハンナは唇をかみしめながら下を向き、一度ぎゅっと目をつむった。
数秒後、覚悟を決めた様子で顔を上げた。
「お任せください」
そういうとハンナは傍らにあった食材を手に取り、料理を始めた。
幼く見える彼女の容姿からは想像できないほどの芯を持った顔で。
流れるような手つきで料理をするハンナを、一同は無言で見守っていた。
小太りの侍女たちは、気まずそうに端っこで縮こまっている。
「お召し上がりください」
あっという間に暖かい美味しそうなスープと、肉汁があふれ出す料理が、ライオネルの目の前に出された。
ライオネルは黙ったままカトラリーを手に取り、料理を口に運ぼうとした。
「殿下、お待ちください」
ライオネルの後ろに控えていた数人の兵士たちを掻き分け、彼の手を制止するように一人の騎士が現れた。
「ギルバート、見ていたんだ、毒味は必要ない」
ライオネルは少しいらだった様子で、特徴的な薄いオレンジのツンツン髪の騎士の手をどかす。
「失礼しました、出過ぎた真似でしたね」
そのギルバートと呼ばれた騎士は、青い瞳をうるうるとさせながら、おどけた様子で後ろに下がった。
改めて、ライオネルが料理を口に運ぶ。
無言でスープを口にした後、続けて肉料理も口へ運んだ。
レティシアとハンナは緊張した様子で、息もできずにライオネルが食べる様子を見ていた。
二つの料理をゆっくりと飲み込んだ後、ライオネルはふーーっとため息をついた。
「ハンナといったな、本当の年齢はいくつなんだ?」
ライオネルから思いもよらない質問が飛び出し、ハンナはひどく動揺した。
彼女はすぐに膝をつき、頭を地面にたたきつける。
「申し訳ありません。どうか、どうかお許しください」
おびえた声で謝り続けるハンナを、ライオネルは無言のまま数秒ほど冷淡に見つめ、レティシアの方へ視線を移した。
「王宮では、成人したものしか働くことはできない。ハンナは優秀な料理人かもしれないが、見たところ未成年だ」
レティシアは初めてハンナを見た時になんとなく感じた違和感を、ライオネルの口から言葉として明確にされ、この後ハンナの解雇を防ぐためにどう交渉したら良いか分からず、左手を右手でぎゅっと掴んだ。
レティシアの様子にライオネルの冷淡な表情が少しピクリと動いたが、その変化に気づいたものは誰もいなかった。
あまりにも居たたまれない空気が、アルキオネ宮の少し薄汚れた厨房に流れる。
そんな空気を破るように、レティシアの後ろで見守っていたマリアンヌがおずおずと前に出てきた。
「見習いであれば、正式に雇うことはできずとも、少量の給料で置いておくことは可能ですよね」
「それいいですね~!殿下が認める味ですよ~!将来有望です」
機転の利いたマリアンヌの提案に、間髪入れずにギルバートが肯定意見を続け、笑顔でライオネルを見つめた。
マリアンヌはそんなギルバートを横目でちらりと見た後、気まずそうな表情でレティシアの後ろへ下がった。
ライオネルは調子よく前に出てきたギルバートを、目を細めてじっとりと見る。
「ギル、お前暇なようだな、闘技場で相手になってやろうか」
「すいません殿下~」
ライオネルに不機嫌に睨まれながら、ギルバートは空気のようにまた後ろへ引っ込んだ。
ライオネルは再び、レティシアを見据えて口を開く。
「厨房長は新しく雇う。明日の朝には用意する。ハンナは見習いとして、明日からも仕事に励め」
ライオネルの言葉を聞いたハンナは驚いた様子ですぐに顔をあげた。
彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、その表情は喜びに満ち溢れていた。
窮地に追い込まれていたレティシアも、冷徹王子の決定を聞いたハンナの表情をみて、あからさまに表情には出さず心の中で胸をなでおろした。
これにてアルキオネ宮の、ライオネル殿下による大規模な侍女粛清が終わり、一行は厨房を後にした。
レティシアはこの王子に取り入ることができれば、市井に行くことが可能になるかもしれないと考えていた。
「あの、殿下お願い事が…」
レティシアは3歳児の愛嬌ある笑顔でライオネルに話しかけた。
「勘違いするな」
しかし、レティシアに向けられたのは、とてつもなく冷徹な視線と憎悪の混じった声色だった。
「お前はこの国の姫だが、罪人の娘だ。私が王位に着けば、お前を生かしておくことは無い」
小さなレティシアを、上から獲物を狙う肉食獣のように睨みつけた後、ライオネルは踵を返して去っていった。
レティシアはそんな彼を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。




