第56話 絡まる想い
エマは自ら命を絶とうとしたが、ライオネルとギルバートがそれを阻止した。
反して、重傷を負っていたクリスタが目覚め、レティシア達は安堵する。
アルキオネ宮の客間には、ライオネル、テオドール、レティシア、ルシウスがいつもの席に座っているが、本日は週に一度の食事会ではなかった。
ギルバートとゼノはいつも通りだが、テオドールはクロードがいない為一人で来ており、レティシアの後ろにはキースが立っている。
異様に緊張感のある雰囲気なのは、この場がアルキオネ宮で起きた先日の事件の話し合いの場であるからだ。
「ですからライオネル殿下、申し上げた通り私はただ宮の庭を"散歩"していたら"転んだ"だけで、姫の侍女たちのいざこざに巻き込まれたわけではありませんよ」
ルシウスは腕を組んでライオネルに対して堂々とした態度をとる。
「本当に、それで良いのですかルシウス殿下?」
ライオネルは疑心の視線を向ける。
―まあ、ライオネルからしたらルシウスがブちぎれて戦争だー!って言ってもおかしくないと思うよねぇ
レティシアはそんな皇太子たちの腹の探り合いを気にも留めずに眺めていた。
レティシアの右隣のもう一人の王子は、どこか落ち着きなく話し合いに飽きている様子だった。
「では一つだけ、お願いを聞いてくださいますか?」
ルシウスは感情を見せずにライオネルに笑いかける。
「なんでしょう…」
ライオネルは声を低くして答える。
「この件が解決したら姫と私で王都の市井へ出かけさせてください」
ルシウスの提案に、レグラント王族3人はそれぞれ驚いた表情で固まる。
―え?何言ってるのルース?!
レティシアは心の中で冷や汗をかきながら、ライオネルの表情をそっとうかがう。
ライオネルはルシウスの突拍子もない提案に混乱しているのか、両手で頭を抱えて下を向いていた。
そして顔を上げると渋い顔をして口を開く。
「姫と二人というのは無理があります…」
「もちろん護衛もいますよ」
「そうではなく…」
「では、ライオネル殿下もご一緒されます?」
ルシウスは相変わらず涼しい笑顔で間髪入れずに受け答えをする。
「えっ!ずるいオレも…」
テオドールが勢いよく立ち上がって発言したかと思えば、顔を真っ赤にして椅子に座りなおすと、
「ライオネル殿下はお忙しいので、私ならご一緒できます…」
真っ赤な顔でテーブルを見つめながら、小さな声で呟いた。
大方客人の前であることを忘れて、いつもの調子で発言したのだなぁとライオネルもレティシアも思いながらテオドールを見た。
「じゃあ4人で行きましょうよ!」
ルシウスは全くうろたえることなく笑顔で言い放った。
レティシアはライオネルと話をするため、別の部屋に移動することになったが、その前にこっそりとルシウスに近づいて小さな声で話し始めた。
「ねぇ、ルースどういうこと?!」
「レティが前に市井の食べ物美味しいって言ってたじゃん…」
ルシウスは少しすねた様子で答える。
「言ったけど…なんで4人で行くことに?!」
「たぶん、他国の"皇太子"を自分の目の届かないとこに置きたくないんだよ。レティは気づいてないかもだけど、アルキオネ宮はライオネル殿下の間者ばっかりだ!それならいっそのこと自分がついてくればいいと思ってさ」
レティシアは胃が痛くなるのを感じた。
「王子は想定外だけど、あの人アホだし別にいいかなと思って」
「確かにテオお兄様はアホだけど、連れてくと大変だよ?!」
レティシアの態度にルシウスはどこか不満げだった。
「レティは俺と出かけるの嫌なのか…」
「嫌とは言ってな…」
「おい、何してる」
レティシアがついてこないことに気が付いたライオネルが、隅でひそひそ話をしている二人に声をかけた。
「今行きます!」
レティシアは背筋を伸ばして返事をすると、ルシウスに軽く手を振って駆けて行った。
数分後、レティシアの自室。
レティシアとライオネルは向かい合って座っていた。
部屋にはギルバートとキースの4人だけで、話が聞こえないように扉から離れたところで数名の兵士に警備されている。
「おまえ、ルシウスと何話してた?それに態度が違いすぎるぞ?」
ライオネルは訝し気な顔でレティシアを睨みつける。
「仲良くなっただけで、別に…」
レティシアは慌てて答えたが、ライオネルは視線をさらに鋭くした。
「市井の食べ物美味しいよ~って話したら行きたくなったみたいです」
ライオネルは苛立った顔で小さく舌打ちをすると、足を組んで座りなおした。
対して後ろに立っているギルバートはいつも通りの笑顔である。
―この二人なんで一緒にいるのかほんとわかんない…
レティシアは不思議な主従を目の前に心の中で呆れながらも、表面では笑顔を作った。
「それと、そいつ」
ライオネルは徐にレティシアの後ろに立つキースを指さした。
「いつからお前のとこにいる?」
「クリスタさんが代理で姫様の護衛をとおっしゃられたので、規律違反でしたか?」
キースは真面目な顔で答えた。
ライオネルは両手で頭を抱えると上を向いて自身の髪をぐしゃぐしゃにして唸り声をあげた。
―なんか、おもろい。意外とこの人表情豊かだよね
レティシアは心の中でライオネルの様子をニヤリと笑った。
ライオネルは再び前を向きなおすと、今度はレティシアを指さして言った。
「もういい!ルシウスと仲良くしたけりゃ勝手にしろ!それとそいつ、"キース"はこれからお前の専属騎士にしてやれ!クリスタだけじゃ負担がでかい!」
そしてライオネルは自分を落ち着かせるようにふーーと息を吐いた。
「今はそれどころじゃない。エマをどうするかだ」
レティシアの上がっていた口角が一気に下がる。
「申し訳ないが私も詳しく事情を知っているわけではない、お前はどこまでエマから聞いている?」
「レティは、まだ名前しか…」
レティシアは俯きながら呟いた。
「そうか、では私の知っている限りの情報をこれから共有するから、どうしたいのかはお前が決めろ。ちなみに先に言うと、エマ本人は死にたがっている…」
レティシアは俯いたまま自身の拳を強く握った。
そして手をゆっくりと動かすと、左手を右手でぎゅっと掴んだ。
その行動を見ていたライオネルが驚いた表情で振り向いてギルバートを見る。
ライオネルは視線だけで必死に何かをギルバートに訴えると、ギルバートも何かに気が付いたのかレティシアの方へ視線を向けた。
そしてレティシアの様子を数秒見つめるとライオネルに視線を戻し、複雑な顔で小さく頷いた。
ライオネルは数秒目を瞑ると、再びレティシアの方へ顔を戻して目を開ける。
「エマの情報をこれから話す。いいな」
レティシアは俯いたまま頷いた。




