第54話 はなむけの言葉
クロードの一世一代の告白によって救われたマリアンヌ。
レティシア達はマリアンヌを連れて無事に戻ることができたのであった。
アルキオネ宮の庭は、今日も暖かな日差しに包まれていた。
レティシアはテーブルに並べられたお菓子を端から頬張りながら、自身の向かい側でテーブルに両手を投げ出して座るテオドールを見た。
「それでさ~あいつ兄さまとギルに土下座してから~、急いで結婚するから準備に戻るとかいって涼しい顔で実家帰ったんだよ~」
クロードについて愚痴っているテオドールはすっかりアルキオネ宮の庭の常連客である。
「マリアンヌも軽く仕事してからロット家に行ったよ」
レティシアは口いっぱいにお菓子を詰め込みながら言った。
―ミーナの話とエマの話を聞くのはもうちょい先かな~パジャマパーティーとか4人でしたいな~
レティシアは自分とマリアンヌ、エマとクリスタで夜更かししながら自分たちの話をする想像をしながら笑った。
「兄さまもギルも優しすぎるんだよな~、クロードに嫌味の一つでも言ってやればいいのに、真面目に受け入れてさ~。ギルなんか"良かったな"なんて言って嬉しそうにしててさ~」
テオドールはけだるげに話しながらも、目の前のお菓子に手を伸ばした。
「いや~でもあたしはびっくりしましたよ、お二人が小さい頃からの知り合いだったなんて」
レティシアの後ろに立っているクリスタが空を見上げながら言った。
「俺はクロードに想い人がいることは知ってたけど、あんまちゃんと認識してなかったからな!」
テオドールは八重歯を見せながら笑ってクリスタを見た。
クリスタは呆れた顔でテオドールを見た。
「レグラントも違う意味で生きずらいのですね~」
クリスタの隣に立っているエマがいつものように微笑みながら首を傾げた。
「レティ!どこに行ってたんだ?」
ふと、レティシアの視界の右の方から、レティシアは既に聞きなれた声が聞こえた。
4人の視線が声のした方に集まる。
そこには後ろにゼノを連れて嬉しそうに駆け寄ってきているルシウスがいた。
「あれ?はじめて見る侍女だ。レティの侍女は何人いるんだ?」
ルシウスはエマの姿を見つけると不思議そうに見つめた。
クリスタが説明しようと後ろのエマをちらりと見る。
「エマ…?」
クリスタがエマの様子が違うことに気が付いた時にはもう遅かった。
エマはその場から一瞬で離れて近くの兵士の剣を抜き、ルシウスめがけて一直線に飛び出していた。
テオドールとレティシアがとっさに立ち上がり、ゼノが剣を抜こうとしたが一歩遅く、エマの振るった剣が今まさにルシウスに届こうとしていた。
「エマ!やめろ!」
エマとルシウスの間に飛び出し、目を瞑って両手を広げたのはクリスタだった。
彼女の反射神経はその場にいた誰よりも速い。
エマは目の前に飛び出してきたクリスタに動揺して、咄嗟に剣を振るう軌道をそらしたがもう遅く、彼女の剣はクリスタの胸元からお腹辺りまでを綺麗になぞった。
「クリスタ!!」
レティシアは叫びながらクリスタに駆け寄る。
ルシウスは突然の出来事に混乱し、尻もちをついて固まっている。
ゼノは剣を抜いてルシウスの前に出ている。
エマはただ呆然と立ち尽くしていた。
レティシアがクリスタの肩を必死に揺さぶりながら名前を叫び続ける。
テオドールが我に返って周りの兵士に指示を出すと、兵士数人で立ち尽くしているエマから剣を奪い、彼女を地面に取り押さえさせた。
クリスタの体からはドクドクと血が流れだしており意識がない。
レティシアは泣き叫びながら必死に彼女の名前を呼ぶ。
「何をしている?!はやくクリスタを運べ!!」
最悪の状況の中、遠くの方からまた別の聞きなじみのある声が聞こえた。
パニックで泣き叫んでいるレティシアの手をクリスタから引きはがしたその声の主はライオネルだった。
彼の指示で他の兵士たちがクリスタを運んでいく。
「おい!落ち着け!何があったか説明しろ!」
ライオネルはレティシアの両肩を掴んで前後に揺さぶる。
レティシアは答えることもできずその場に泣きながらうずくまった。
ライオネルはすぐ近くで感情を失った人形のように取り押さえられているエマを見つけた。
彼は一瞬驚いた表情をしたが、すぐ辺りを見回し、反対側に混乱して座り込んでいるルシウスを見つけた。
そして少し遠くで真っ青な顔になっているテオドール。
ライオネルは全員の状況を良く確認した後、苦しそうな表情で口を開いた。
「ギル、エマを地下牢に連れていけ…」
数時間後、王宮の地下牢。
エマは生気も感情も失った様子で、冷たい地面にただうずくまって座っていた。
牢の入り口の扉が開かれ、誰かが静かに歩いて入ってきた。
エマはふと、檻越しに誰がやってきたのか確かめるために顔を上げた。
そこに立っていたのはレイモンドだった。
「レイ…モンド…?」
エマは無感情で呟いた。
レイモンドはゆったりとした笑みを浮かべている。
「やってしまいましたな、エマ殿」
レイモンドは檻越しにエマを見下ろす。
「殿下にお願いして、二人だけで話せるようにしていただきましたぞ」
エマは虚ろな目をしたまま首を傾げた。
「愛する人の敵の息子を目の前に、体が動いてしまったのですかな」
エマの表情が固まった。
「何を…言って…」
「いやはや、ヴァレンタイン家の騎士の方々が、あの"鬼人"を目の前にして果敢に戦っている様までは、わたくしめも見ていたのですよ」
レイモンドは自身の髭をさすりながら笑った。
「国境沿いのあの村で、エマ殿を見つけた時は、生き残っていたことに感動しましたぞ」
エマは無感情の表情のまま、次第に体だけが震えていく。
「フェルディナンドを再興できた際には、再び王家の剣として尽くしていただきたいと思っておりましたのに…」
レイモンドは困り顔をして少し斜め上を見た。
「さっきから何を言っているの…?」
エマは無感情の表情のままレイモンドに疑問をぶつける。
「おそらくもうエマ殿は許されまいでしょうから、わたくしめから餞の言葉を…」
そう言うとレイモンドは少し咳払いをした。
「フェルディナンドの再興のチャンスを作るために、王女様と共に囮になっていただき感謝しておりますぞ」




