第53話 真愛
レティシア達は満を持してエインワーズ邸に乗り込んだ。マリアンヌに一緒に帰るよう伝えたが、断られたレティシア達。
そこにとある騎士が颯爽と現れて…
扉を勢いよく開け放って入ってきたその騎士は、その場にいる全員の視線を集めながら、床に座り込んでいるマリアンヌへとゆっくりと歩いていった。
彼女の前までたどり着くと、片膝を着いて彼女の片手をそっと取った。
「クロ……ド……?」
マリアンヌは驚いて目を丸くしながら、自分の目の前に跪く騎士の名前を呼ぶ。
いつも無表情の堅物騎士のクロードは、マリアンヌを愛おしそうに見つめる。
「マリアンヌ様…。いえ、マリー。私と結婚してくださいますか?」
マリアンヌはクロードから発せられた言葉を理解できず、瞬きもせず数秒固まる。
「ずっとお慕いしていました。姉の願いとは関係なく」
クロードはそう言うと目を細めてぎこちなく口を開いて笑った。
「笑い方も忘れてしまいました…。あの日、あなたのドレス姿を見たくなくて、数日前に無理やり魔物討伐に参加した自分を…」
クロードは一つ一つ、丁寧に自分の思いを言葉で紡いでいく。
「姉の死にも立ち会えず、あなたの窮地にも寄り添えず、才能のあるギルバートに嫉妬して、彼に勝つことだけに固執し続けた自分を…」
大きく揺れ動く水色の瞳の中に、マリアンヌは自身の姿を見つける。
「嘘をつき続けた自分を恨んで生きながら…、そんな自分を受け入れてくれた王子にこれ以上恥じることのないように…」
ぎこちなく笑うクロードの両目からは静かに涙がこぼれ落ちていた。
「もう嘘はつけません。黙って大切な人から逃げることはもうやめたいのです…。マリー、私と結婚してくださいますか?」
彼から顔を背けることなく、全ての言葉を聞き終えたマリアンヌも静かに涙を流していた。
そして震える唇を軽く噛みながら一度目を閉じると、再び目を開けてクロードを真っすぐに見た。
「はい…」
マリアンヌは震える声を必死に絞り出しながら笑った。
クロードの目には、彼女の笑顔はあの時庭で姉と笑っていた幼い少女の笑顔に見えた。
二人はそのまま手を取り合って見つめ合う。
その場にいた一同はクロードの一世一代の告白を固唾をのんで見ていたわけだが、伯爵だけが我に返ったように慌てはじめ、クロードを指さしながら大声で喚き散らし始めた。
「何勝手に話を進めているんだ!大体お前はどこの誰だ?!」
クロードはいつもの表情に戻ると立ち上がり、伯爵に丁寧に騎士の敬礼をした。
「申し遅れました、私はテオドール王子の専属騎士を務めております、クロード・ロットと申します。ロット家の次男ですので婿入りの件は心配ないかと」
クロードはいつもの調子で生真面目に答えると伯爵に対して軽くお辞儀をした。
「王子の専属騎士ぃ?!そういえばそんな名前だったような…」
伯爵は頭をひねりながらテオドールの後ろにいつも立っている騎士の顔を思い浮かべた。
「それでは結婚の件はロット家の爵位を継いだばかりではありますが、形式上私の義兄から進めさせていただきますね」
クロードは淡々と述べると、レティシアの方を向いて丁寧に頭を下げた。
「姫様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
そして顔を上げるとマリアンヌに優しく微笑んだ。
「では、戻りましょう。王子がお腹を空かせて待っておられますので」
クロードはその場を仕切ると、マリアンヌを含めレティシア達と共に伯爵家を出ようとした。
「おいおい!ちょっと待て!なぜマリアンヌを連れていく?」
慌てて止める伯爵を、一同は不思議そうな顔をして振り返って見た。
「マリアンヌは結婚するのだから、家にいるべきだろう?」
伯爵の言葉に一同は呆れた表情で顔を見合わせる。
「お言葉ですが義父様、妻がどこでどう生きるか決められるのは貴族社会じゃ夫の権利ですよね?私はマリーには引き続き姫様の侍女頭として、職務に励んでほしいと思っております」
クロードは当たり前だろうと言う表情で公爵の疑問に答えた。
「それでは困る!エインワーズ家の跡取りを産まなければ!」
伯爵は唾をまき散らしながら大声を出して反論する。
「いえ、何も困りません。侍女を辞めずとも跡取りを産むことはできます。姫様は寛大な方なので、妊婦に休暇を与えないことは無いと思います」
クロードは淡々と答えると、レティシアの方へ視線を送った。
「そうだね、レティはそんな薄情じゃないよ、妊婦に休暇を与えずに解雇なんてしないよ」
レティシアはクロードの意思をくみ取ると、これまた当たり前だろうと言う表情で伯爵に言った。
「ん?まあ、跡取りを産むなら、良いのか??」
伯爵は二人の言葉に半強制的に納得させられると、頭を抱えながら別の部屋へ歩いて行った。
数分後、エインワーズ邸の門の前で、クロードはレティシア達に土下座をしていた。
「心より感謝いたします、姫様。このご恩は決して忘れません」
―レティたち結果的に何もできてないし、助けたのはクロードだけどな…
レティシアは愛想笑いをしてクロードの感謝の言葉を受け流しながら、隣であたふたしているマリアンヌを見た。
「でも良かったよ、無事に解決できて」
「ほんとっすよ、あたしはいつエマが殴りかかるかと心配で心配で」
レティシアの言葉にクリスタは腕を組んで大きく頷きながら反応した。
「え~さすがに姫様の命が無いと私も動かないわよ~」
エマは少し後ろに引きながらクリスタを悲しそうに見た。
「うそつけっ!殺気隠せてないんだよ!」
クリスタはエマを指さしながら勢いよく叫んだ。
エマは瞳を潤ませながら、か弱い女性の身振りをした。
「マリアンヌ、レティ少し怒っているからね!心して戻りなさいっ!」
レティシアはエマとクリスタを見ながらいつもの穏やかな表情に戻ったマリアンヌに、口を鋭く突き出しながら言った。
「はい、姫様」
マリアンヌは優しく笑って答えた。
クロードは立ち上がると、いつもの表情でいつもより長く深くお辞儀をすると、その場を離れようと歩き始めた。
「クロード!」
レティシアは彼を引き留めて振り向かせる。
「ありがとう!テオお兄様にも、ありがとうって伝えといて!」
クロードはその場でぎこちなく笑うと、軽くお辞儀をして再び歩いて行った。




