第50話 失われていく光
マリアンヌとシャルリナは10歳になったクロードを連れて王国騎士団の見学に行った。案内してくれたのは若かりし頃のカール。
別れ際に寂しそうに笑うシャルリナにマリアンヌは理由を聞くことができなかった。
レグラント王国歴514年。
エインワーズ邸の客間には、エインワーズ伯爵夫妻とヴァルハイト公爵、マリアンヌ、そしてオレンジ色のサラサラ髪でグレーの瞳をした少年が集まって座っていた。
「本当にお引き受けくださり嬉しい限りです」
緑髪でたくさんの髭を蓄えた小太りの伯爵は、嬉しいそうに笑いながら向かい側に座る公爵へ話しかけた。
「こちらこそ、愚息は騎士団に入るには剣の腕があまり良くなく、あと2年で成人でしたからどうしたものかと思っていたところですよ」
公爵は優雅に紅茶の注がれたカップに口を付けながら答えた。
「ほら、挨拶なさいマリアンヌ」
伯爵夫人は緊張して固まっている自身の娘を睨みつける。
マリアンヌは慌てて立ち上がると少年の方を向いた。
「マリアンヌ・エインワーズです。よろしくお願いいたします…」
少年はにっこりと微笑むと立ち上がりマリアンヌの方を向いた。
「ミハイル・ヴァルハイトです」
その後、伯爵夫妻と公爵は正式な婚約の確認のため、マリアンヌとミハイルを部屋から出した。
マリアンヌは緊張しながらも、ミハイルにそっと話しかける。
「あの、何か本を読まれたりとかしますか?好きなものがあればおっしゃってください」
ミハイルはあからさまに不機嫌な顔になると大きなため息をついた。
「なにそれ嫌味?俺がどのくらい勉強できるか知りたいってわけ?」
マリアンヌはさっきまでのミハイルの態度との変わりように驚いて固まった。
ミハイルはマリアンヌに詰め寄ると鋭い視線を向けた。
「俺より年上で婿入りだからって調子に乗るなよ、女は爵位を継げない。伯爵になるのは俺だろ?」
ミハイルは鼻で笑うと固まったままのマリアンヌをその場に残してどこかへ歩いて行った。
数日後、ロット家の庭。
シャルリナとマリアンヌはいつものように色んな花が咲き誇る庭で草の上に座っていた。
シャルリナは暗い表情のマリアンヌの顔を覗き込む。
「マリー?どうしたの?なんかあった?またおばさんに暴力振るわれた?おじさんが愛人連れ込んだとか?」
シャルリナの質問にマリアンヌは首を横に振る。
「あのねシャル…」
マリアンヌは途中まで言うとそのまま俯いて黙り込んでしまった。
シャルリナはマリアンヌに少し体を寄せて彼女の手を握る。
「うん。ゆっくり話して」
マリアンヌは優しく微笑むシャルリナの顔を一度見ると、再び俯きながら話し始める。
「私、公爵家の次男と婚約が決まったの…」
シャルリナの顔は衝撃を受けたように固まり、次第に怒りの表情へと変化していった。
「公爵家の次男ってあの次男?!」
シャルリナはマリアンヌの手を少し強く握る。
マリアンヌは無言で頷いた。
「マリーは知らないだろうけど、あいつあんまり良い噂聞かないよ?なんでそんな奴と、あと3年待ってくれれば…」
「シャル…」
声を荒げるシャルリナをマリアンヌは落ち着かせるように見つめた。
「"婚約"だから、まだ"結婚"じゃないもの、相手もまだ未成年だし…」
シャルリナはわなわなと体を震わせながらも泣きそうな顔でマリアンヌを勢いよく抱き寄せた。
「マリー大丈夫。あたしが何とかする。クロもねこの2年で急成長してすっごく男前になったんだから!あと3年耐えて…」
「そんなに私と"姉妹"になりたいの?」
マリアンヌは自身の体を強く抱きしめる親友の耳元でくすりと笑った。
「そりゃなりたいよ!マリーが姉妹なんて最高すぎでしょ!」
二人はそのまま笑い合って時間を過ごした。
レグラント王国歴516年。
マリアンヌはロット家の華々しい空気の中で涙を流しながら、美しい白のドレスを纏った親友を見ていた。
それは、ロット子爵家の庭で盛大に開かれた結婚式。
新婦はロット子爵家の長女であるシャルリナ・ロット、18歳。
彼女の夢を知っているマリアンヌは複雑な気持ちで式に参列していた。
シャルリナの隣で優しい笑顔で微笑むクリーム色の髪色の新郎は、どこかの子爵家の次男で、ロット家に婿入りして爵位を継ぐらしい。
本当に優しそうな人柄のようであるのが救いかもしれない。
シャルリナも心から笑っているように見えた。
そんな場の主役たちとは裏腹に、会場の端の方で一人無言で佇む騎士がいた。
マリアンヌは自分の飲み物に加えてもう一つグラスを取ると、ゆっくりと騎士へ近づいた。
「なんだか久しぶりだね。聞いたよ、第2王子の専属騎士になったって…」
無表情で佇む騎士にマリアンヌはそっと話しかけ、片手に持っていたグラスを差し出した。
騎士は受け取ると、グラスの中の飲み物をじっと見つめた。
「もう、1年経ちました…。王子も3歳になって走り回るようになって…」
「そっか…」
マリアンヌはそっと横に並んだ。
「マリアンヌ様は、婚約者とはうまくやっていますか?彼はもう成人ですよね」
マリアンヌの顔が驚きと悲しみの顔で固まった。
そしてグラスの中身を見つめ続ける騎士へ顔を向ける。
「クロっ…」
途中まで何かを言おうとしたが、悲しそうな表情をして言うのをやめると、マリアンヌは前を向きなおした。
「クロードさんは、来年成人になりますね。爵位は義兄様が継がれるとのことですので、このまま専属騎士を続けられるのですか…。私は、婚約者とはまあまあです。結婚自体は2年後ですし…」
マリアンヌはただ事実を述べるように答えた。
クロードは数秒無言のままでいると、一気にグラスの飲み物を飲み干し、マリアンヌに対して騎士の敬礼をした。
「私はどうしたいのか分かりません…が…、マリアンヌ様と姉の幸せを切に願っております」
そう言うとクロードはどこかへ足早に行ってしまった。




