第49話 水色の瞳
11年前、マリアンヌ・エインワーズはとある貴族の邸宅の庭で"シャルリナ"という少女と楽しい時を過ごしていた。この時間が永遠に続けば良いと思いながら…
レグラント王国歴512年。
マリアンヌはエインワーズ邸の前でつばの大きな帽子をかぶり余所行きの服装をして、そわそわしながら誰かを待っていた。
「マリー!待たせたー!」
マリアンヌは顔を明るくすると声のした方を向いた。
いつものようなラフな服装ではなく、余所行きの服装をしたシャルリナが、これまた余所行きの服装をした弟の手を引いて走ってきていた。
「大丈夫そんなに待ってないよ」
マリアンヌは走ってくるなり膝に手をつきながら肩で息をしている二人にそっと微笑む。
「ありがとね!今日は付き合ってくれて!ってか良く許し貰えたね~」
シャルリナはスカートの裾を両手で掴んでバサバサと揺らしながら言った。
「シャル、まだうちの前だからそんなことしてたら怒られちゃう…。うんとね、騎士団を見学に行くなら良い男見つけて来いって言われたの…」
マリアンヌはスカートを揺らし続けるシャルリナをなだめながら答えた。
シャルリナはスカートを振る手を止めると、勢いよく首を振って自身の前にきていた後ろ髪を背中側に一気に回した。
「くっっっだらな!おばさんほんっとクソ親だね!」
シャルリナはわざとらしくエインワーズ邸の門を守る兵士にも聞こえそうなほど大きな声で言うと、笑顔でマリアンヌの手を取った。
「行こ!マリー」
王国騎士団の訓練所は王宮内にあるが、王宮の正面の大きな門からではなく、許可証を持った貴族であれば入ることのできる別ルートがある。
王国騎士団は大半のものが貴族であり、訓練や勤務の無い日は自身の邸宅に帰って休むからである。
シャルリナが扉の前にいる兵士に許可証を渡すと、兵士が扉を開けて3人を中に入れてくれた。
その際軽く持ち物検査をされるが、貴族の女性は検査とは名ばかりで、特に体に触れられることなくほぼ素通りである。
「あたしが短剣忍ばせてたらどうなるんだろ」
シャルリナは自身の口元を手で隠しながら小さな声でマリアンヌに話しかけた。
「貴族の女性が剣術習ってるなんて誰も思わないよ」
マリアンヌも小さな声で返事をする。
3人が訓練所の奥へ進むと、一人の若い騎士が微笑みながら待っていた。
濃い紫色の真っすぐな髪の毛が、肩につかないくらいの長さで切りそろえられている。
「こんにちは、今日見学されに来た…」
騎士が話し始めた途中でシャルリナが食い気味に前に出た。
「今日はありがとうございます。私はシャルリナ・ロット。こっちが弟のクロード、そしてこっちが親友の…」
シャルリナは自身と弟の自己紹介を済ませると隣にいるマリアンヌを見た。
「マリアンヌ・エインワーズです」
マリアンヌは深々とお辞儀をしながら言った。
若い騎士は名前を聞いて少し驚いた表情でマリアンヌを数秒見ると、微笑み顔に戻り片手を肩に添えて軽くお辞儀をした。
「私は第2部隊の部隊長を任されております、カール・ヴァルハイトです。今日はよろしくお願いいたします」
カールは自身の自己紹介を済ませると、3人を案内するため先頭を歩き始めた。
3人はカールに案内され、騎士団が鍛錬している様子を遠くから椅子に座って眺めていた。
「クロード君は今おいくつでしたっけ?」
カールが緊張した様子で座っているクロードに優しく声をかける。
「あっえっと…」
「もう10歳なんですよ!でもまだこんなに小さくて…一年前から剣術を始めたんですが私心配で心配で!」
クロードが慌てて答えようとしたところを、シャルリナが上からかぶせるように喋り始めた。
カールはニコニコと笑いながら話を聞いている。
「みんなあんなにたくましいのに、騎士団の見習い騎士になんてほんとになれますかね?泣いて帰ってきちゃうんじゃないかと…」
クロードは恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いた。
「大丈夫ですよ。最初はみんなそんな感じです。あそこ見てください、オレンジ色の目立つ髪の毛の男の子いるでしょう」
カールは笑いながら答えると、鍛錬をしている見習い騎士たちの中にいる一人の男の子を指さした。
オレンジ色のツンツン髪に青い眼をした少年が、自分よりも一回りも二回りも大きな体格の軍団の中で、一心不乱に剣を振るっていた。
「あれ、今7歳で見習い騎士なんですが、最初は私に負けて泣いてばかりでした。今はもうすごく強くなって、いずれは私も抜かされてしまいます」
少年を見るカールの目は非常に優しい表情だった。
「クロード君もきっとたくましく素敵な騎士になれますよ」
カールはクロードの瞳を優しく見つめながら微笑んだ。
クロードは恥ずかしそうにうなずくと、もう一度遠くにいるオレンジ頭の少年を見た。
自身よりも3つも年下であるのに、周りに一切引けを取らないその姿に、なぜかクロードは惹きこまれていった。
シャルリナはそんな弟の姿を横からそっと眺める。
そして愛おしそうに小さく笑った。
数時間後、マリアンヌとシャルリナは二人だけで訓練所の出入り口付近まで来ていた。
「今日はありがとうねマリー、あたしたちはもう少し入団の説明とか聞いてから帰るから」
シャルリナはマリアンヌに手を振りながらそう言った。
マリアンヌはなぜだか、彼女の表情がいつもと違う気がした。
「シャル…何かあっ…」
「マリーがクロのこと貰ってくれたら二人の夢が叶うのになぁ」
シャルリナは手を伸ばしかけたマリアンヌに背を向けると、突拍子もないことを言い始めた。
「え?」
マリアンヌは驚いて言葉を見失う。
「あ!これは秘密だった」
シャルリナはわざとらしく言うと、再び振り返ってマリアンヌを見つめる。
「マリー、あたしの一番大切な友達。ずっと変わらないからね…」
シャルリナは少しだけ寂しそうに笑うとマリアンヌを置いて訓練所の方へ戻っていった。




