第46話 譲れない想い
エマとクリスタに自分の前世の話をしたレティシア。
エマはその話を聞いて、一筋の涙を流したのだった。
「姫様、ありがとうございます…」
エマは優しく笑いながら言うと、椅子から立ち上がり、レティシアの前で片膝を着いた。
「フェルディナンド式で誓わせていただきますね」
エマは少し戸惑うレティシアの片手を優しくとると、自身の額にそっと当てた。
「我が名はエマ・ヴァレンタイン。フェルディナンドの女騎士にして''最強''の称号をいただきし者。ヴァレンタイン家の名にかけて、レティシア・レグラント様の騎士となることを女神さまに誓います」
エマは全てを言い終わると、レティシアの手の甲に軽くキスをしてから微笑みかけた。
エマの笑顔は心の底から笑っている表情だった。
数時間前、メトス宮。
メトス宮は第2王子であるテオドールの暮らす宮であり、ライオネルの住むパゴス宮とは主殿を挟んで反対側にある。
紫色を基調とした外観と内観だが、どこか楽しげな雰囲気が広がっているのはテオドールの人柄ゆえだろうか。
そんな空間を異質な存在が颯爽と歩いていく。
氷の皇太子ことライオネル。
メトス宮の侍女たちはどこか彼に脅えながら挨拶をする。
ライオネルはいつものように冷徹な表情で通り過ぎるだけ、後ろをついて行くギルバートが侍女たちに微笑みかけると彼女たちは顔を赤らめながらそそくさと戻っていく。
ライオネルはとある部屋の扉の前まで行くと、警護をしている兵士に声をかけた。
「テオとクロードはいるか?」
「はっ!殿下!王子とロット殿は鍛錬後のお食事をされております!」
その兵士は緊張した声色ではきはきと答えた。
「分かった。ご苦労」
ライオネルは淡々と言うと踵を返して別の場所へ向かった。
メトス宮の食事をする部屋は、厨房のすぐ近くにある。
王族が食事をする場所としてはこじんまりとしており、一つのテーブルといくつかの椅子が置かれているだけだ。
理由はもちろん、出来立ての料理をテオドールがすぐ食べたいからである。
鍛錬後の食事ということで、精のつくものがテーブルいっぱいに並べられている。
テオドールはクロードと肩を並べて座り、口いっぱいに頬張りながら食事をしていた。
「テオ、ゆっくり食べなきゃのどに詰まるぞ」
テオドールは口を食べ物でぱんぱんにしながら、優しい声がした部屋の入口の方を見る。
ライオネルが腕を組みながら入り口付近の壁にもたれかかり、優しい笑顔でテオドールを見ていた。
「にゅいたま!」
テオドールは目を輝かせながら立ち上がる。
口いっぱいに食べ物があるので、何を言っているのか分からないが、もごもごと何かを喋っていた。
隣のクロードも立ち上がると、ライオネルに丁寧に敬礼をした。
ライオネルはゆっくりと歩いて近づくと、椅子を引いてクロードの前に座った。
ギルバートもテオドールに微笑みながら部屋に入りライオネルの後ろに立つ。
テオドールは自分の前ではなく、クロードの前に座った兄の顔を不思議そうに見た。
ライオネルは真剣な眼差しでクロードを見据える。
「クロード、お前に話がある。今、いいか?」
クロードは驚いた表情で固まった。
相変わらず食事を続けているテオドールが横で何回もうなずいているのを確認したライオネルは、再びクロードへ視線を戻す。
「結論から言う。マリアンヌ・エインワーズと結婚してくれないか」
クロードは酷く動揺した様子で思わずライオネルから顔そらして下を向いた。
「公爵がまた、彼女と自分の息子を結婚させようとしていた」
クロードは下を向いたまま歯を食いしばる。
「もちろん、私はギルを渡すつもりは毛頭ない。その場合、どっちみちマリアンヌは望まぬ結婚を強いられるらしいぞ」
ライオネルはそう言うと、後ろのギルバートにちらりと視線を送る。
ギルバートは一瞬嫌そうな顔をしたが、観念した様子でクロードに話しかけた。
「正直、僕としては変な人と結婚するよりクロードが適任なんじゃないかなと思ったんだよ。うちの母がマリアンヌ様を助けたいって言ってきて…」
ギルバートは気まずそうにクロードから視線をそらしながら言った。
クロードは下を向いていて、どういう表情をしているか二人には見えない。
何十秒かテオドールの食事をする音だけが続いた後、クロードが徐に口を開いた。
「お前が…、ギルバートお前が断らなければいい話だろ…」
クロードの言葉にライオネルもギルバートも目を見開いて怒りの感情をあらわにする。
ライオネルは立ち上がると、身を乗り出してクロードの胸ぐらを掴んだ。
クロードは歯を食いしばりながら顔をそらす。
「お前それ、どういう意味か分かってるのか」
ライオネルの瞳はクロードの全てを突き刺しているかのように冷たく怒りの感情がこもっている。
「分かって…おります」
クロードは顔をそらしたまま答える。
「分かっていて私の前で!ギルに!そんな言葉を良くも言えるな!」
クロードを掴むライオネルの拳に力が入る。
「結婚すると言うことは!いずれ私の騎士ではいられなくなる!陛下の専属騎士のみ結婚して妻帯する事は許されていない!つまりお前は!私とギルを引き離そうとしているのだぞ!」
ライオネルの表情はクロードを今にも殺してしまうのではないかと思うほど殺気立っていた。
自分の専属騎士が隣で大好きな兄とそんな状況になっているにも関わらず、テオドールだけは真顔で食事を続けている。
「クロード。僕は"称号"になんて興味ないよ。この国一番の騎士がなる"王国騎士団長"になんてなって何になる。そんなことより僕にとっては殿下のお側にずっといられることが全てだ!」
普段は温厚なギルバートも、クロードに対して刺すような視線で言い放った。
クロードは血が出るほど自身の唇を噛みながら、自分を掴むライオネルの手を掴みながら立ち上がり、ギルバートに怒りの顔を向けた。
「単なる"称号"じゃない!全騎士が憧れる"最強の証"だ!なりたくてもなれない人だっているんだ!お前はなれるのに!なろうとしない!ギルバート!昔からそんなお前が大嫌いだ!」
クロードのむき出しの感情に、ギルバートも身を乗り出してライオネルの手を掴むクロードの手をさらに上から掴んで顔を寄せた。
「嫌ってくれて結構だよ!僕の選んだ人生に口出しされる義理は無い!この手をどけろ。お前に話したのが間違いだった」
クロードは尚自身の唇を強く噛みながらも、そっとライオネルの手を離した。
それと同時に、クロードの手を掴んでいたギルバートも、クロードの胸ぐらを掴んでいたライオネルも手を放す。
ライオネルは申し訳なさそうな表情で、食事を終えた様子のテオドールを見る。
「テオごめんな。食事中に…。私は政務も残っているから帰る。また今度好きなお菓子でも持ってくる…」
テオドールが静かに頷いたのを見ると、ライオネルとギルバートは速足で部屋を出ていった。




