第45話 自分との決別
突然いなくなったマリアンヌを取り戻すためレティシアはレイモンドに家の場所を聞くが、クリスタを従者としては入れてもらえないと言われた。
エマならば入れる可能性があると言われ、レティシアとクリスタは急ぎ、エマのいるロスト商会へ向かった。
ヴァレリアは今までに見たことがない小さな姫の表情をみて、自身の目を見開いた。
レティシアの揺るぎない瞳に吸い込まれていくように。
数秒後、ヴァレリアは我に返ると奥の部屋へと続く扉を示した。
「誰にも聞かれない部屋へ…どうぞ」
ヴァレリアに案内された場所は行き止まりの壁だった。
彼女が壁にそっと手をかざすと、壁が水面のように波打ち彼女の手が壁をすり抜ける。
「この先は私が許可したものしか通ることはできませんわ。エマはここで過ごしております。外へ出る際は自由に出られますので、それではごゆっくり」
レティシアは隣にいるクリスタの表情をちらりと見た。
驚いている表情であった為、この部屋は本当に限られた者しか知らない場所なのだろう。
レティシアは迷わず壁へと突き進む。
クリスタも慌てて後を追った。
壁をすり抜ける感覚は、ヴァレリアに初めて会った時、レクィアから身を隠すのに助けてくれたあの時と似ていた。
廊下を少し進むと奥に一つの扉があった。
レティシアはなんとなくこの先にエマがいるような気がした。
扉を軽くノックしてゆっくりと開ける。
そこには平民の女性が普段着ている服を身にまとい、いつもの笑顔で立って待っているエマがいた。
レティシアとクリスタは部屋に入ると扉を閉め、どこからかエマが持ってきた椅子に腰かけた。
レティシアがエマも座るように促すと、彼女はまた別の椅子を持ってきて座った。
3人は三角形を作るように向かい合っている。
「姫様、どうされたんですか~?」
微笑みながら話すエマに、普段と変わったところは無い。
レティシアは彼女の心の壁がいかに分厚く建てられているかを実感した。
レティシアはその場で伸びあがるほど大きく一度息を吸うと、数秒止めた後に一気に吐いた。
レティシアの覚悟は決まっていた。
彼女はエマとクリスタを交互に見ながら話し始める。
「二人にレティの…いや私について、話さなきゃいけないことを先に話すね」
クリスタはマリアンヌの話を切り出すと思っていたのだろう、不思議な顔をして固まった。
エマは微笑みを崩すことは無かったが、瞳の奥が少し揺らいだ。
「まず最初に、驚かないで聞いてほしいんだけど、私には今前世の記憶があります」
レティシアの言葉を聞いた二人は先程の表情のままだった。
クリスタはその後数秒固まると、椅子から飛び上がって驚いた。
「ええ!姫様!理解が追い付きませんけど?!」
「クリスタとりあえず、一旦座って聞いてくれるかな?」
レティシアは優しくクリスタをなだめると再び椅子に座らせた。
レティシアは再び真剣な表情で二人を見るとゆっくりと話を始めた―
私の前世の名前は"ミーナ"、平民育ち。
9つ離れた兄と一緒に物心ついた時から移動商人をやっていて、大陸のほとんどの国に行ったことがある。
兄はすごく優しい人だけど、商売のことについては厳しく教えられた。
両親は知らない。
ミーナは兄と二人きりの家族。
兄に聞いたこともない。
気にならなかったし、ミーナは兄と一緒に過ごすことができればそれだけで幸せだったから。
ずーとこんな日々が続けばいいと思ってた。
国から国の移動や、町から町の移動では魔物に遭遇することも少なくないけど、兄はすごく強かった。
本来魔法でしか完全に倒すことのできない魔物を、剣一つで倒していた。
ミーナはいつもそばで見てるだけ。
一度だけ、兄が危ない時に、とっさにミーナが持っていた魔法を使った。
ひどく怒られた。
"絶対にもう二度と使ってはいけない"
そう言われた。
その時の兄さんは少しだけ怖かったな。
私の持っている"魔法"については、私自身も全然知らない。
気づいた時には使えたから。
兄も何も教えてくれなかったけど、正直ミーナにはそんなことどうでも良かったの。
兄さんが笑顔でいてくれることが一番の幸せ。
今となっては、それが私の甘えだった。
あと数日でミーナの14歳の誕生日って時、レグラント王国からフェルディナンド公国へ向かおうとしていたあの日。
酷い雨と風で、ほとんど嵐みたいな夜だった。
兄さんは商売馬鹿だから、"次の市に間に合わない"ってその天候の中、出発することを決めた。
それが、ミーナが見た兄の最後の姿。
ミーナは荷馬車にのってすぐ眠りについた。
深い眠りに。
―自分が死んだことに気づかないほどに
再び目を開けた時には、平民は見たことない景色で混乱したのを覚えてる。
最初に会ったのはマリアンヌ。
その次は殿下にぶつかっちゃったんだっけな。
そう、ミーナはあの日に眠ったまま死んで、アルキオネ宮の姫"レティシア"として目覚めたの。
レティシアが全てを話し終わるころには、クリスタは案の定涙で顔がぐしゃぐしゃになり、エマはいつもの感情を隠した微笑みではなく、真剣な表情になっていた。
「今まで幼い姫のふりして騙していてごめんなさい」
レティシアは二人に深く頭を下げた。
「何言ってるんですか姫様!顔を上げてください」
涙でぐしゃぐしゃの顔と声でクリスタが椅子から慌てて立ち上がる。
レティシアは顔を上げて、申し訳なさそうな表情でクリスタに微笑みかけた。
ずっと黙っていたエマが徐に口を開く。
「その…ミーナさんのお兄様は、どうなったんですか…」
レティシアはエマの顔を一度見ると、俯きながら答える。
「分からないんだ…。でも、私は生きていると信じたいの…」
エマは自身の膝の上に重ねた両手を強く握りしめながら言葉を紡ぐ。
「大切な人の生死が分からない…のですね…。姫様は、どうするおつもりだったんですか…」
レティシアは再び顔を上げてエマを見る。
「最初はね、さっさと逃げ出して兄さん探しを頑張るぞー!って思ってたよ」
エマの瞳の揺らぎが大きくなった。
「でもね決めたの私。"ミーナ"は死んだ。私は"レティシア"。レグラント王国の小さなお姫様」
レティシアは自分で言っていて少し恥ずかしくなったのかくすりと笑った。
「"弱い私"はもういないの。私は"強い私"として、今世でできた大切な人たちを守る」
そして再びレティシアは真剣な表情で真っすぐにエマの瞳を見つめた。
「私は大切な人たちとはちゃんと誠実に向き合うって決めたの」
レティシアの言葉を聞いたエマの瞳から、一筋の涙が頬を伝った。




