第44話 信じる覚悟
ライオネルはヴァルハイト公爵夫人のお願いを承諾し、マリアンヌの婚約者に適した人間を探すことになった。
一方、アルキオネ宮ではマリアンヌが突然辞表を出していなくなったことがレティシアに告げられる。
「レイモンド!エインワーズ家の場所は分かる?!」
レティシアは切羽詰まった様子で、勢いよくアルキオネ宮の執務室のドアを開ける。
部屋の中ではいつも通りレイモンドが椅子に座り仕事をしていた。
「姫様…存じておりますが、門前払いされると思いますよ…」
レイモンドは手を止めてレティシアを見ると、申し訳なさそうな表情で言った。
「どうして?!」
レティシアは勢いよく机に駆け寄ると、レイモンドに詰め寄った。
「エインワーズ家がどういうお家かご存じですかな?」
レイモンドは自分を見上げる小さな姫をなだめるように言った。
―そんなこと、知らない…
「クリスタと共に行かれようと言うならば、それはできませんぞ。エインワーズ家はレグラント王国の建国時から残る数少ない貴族の一つで、現在のエインワーズ伯爵夫妻は血筋に厳しいと言われております。従者も最低でも男爵家のものがいなければ中へ入れてくれませぬ。姫様とて、それは同じでしょう…」
レイモンドはそう説明すると、視線をレティシアからそらす。
「じゃあ、レティはどうやってマリアンヌを取り戻したらいいの?!」
レティシアは怒りと悲しみが混じった感情でレイモンドを責めたてるように言った。
「姫様…残念ですが…」
レイモンドは再びレティシアの顔を見ると悲しい表情を向けた。
「エマは?」
すると扉付近で黙って立っていたクリスタが、真剣な顔つきで口を開いた。
レティシアは後ろを振り返る。
「エマならどうですか、あたしずっと見てきたから分かりますよ。エマが平民育ちじゃない事。ほんとの名前を教えれば通してもらえますよね?」
クリスタの瞳は揺らぎない決意に溢れている。
レイモンドはその瞳を見つめながら数秒黙り込むと、観念した様子で口を開いた。
「レグラントの貴族ではありませぬぞ。しかしその名はエインワーズ家なら存じている可能性も高い。ですが、問題はエマ自身が認めぬと思いますがな…」
「姫様行きましょう」
レイモンドの話を聞き終わるとクリスタは食い気味に言った。
レティシアは力強くうなずくと、クリスタと共に執務室を出ていった。
残されたレイモンドは、静かに二人を見つめていた。
数時間後、クリスタはローブを深く被ったレティシアを抱えて、ロスト商会へと走っていた。
いくつもの階段を身軽に飛び越えながら進むその姿は、さながら風のようである。
レティシアは唇を嚙みしめながら、クリスタの胸元の服を掴んでいる手に力をこめた。
―私がもっとはやく、マリアンヌに話を聞けばよかったのかな…いつかきっと話してくれると思っていたのが間違いだったのかな…
レティシアの頭の中には、優しく笑ういつものマリアンヌの表情や、そして時折見せていた悲しげに笑う表情が次々と思い浮かんでいた。
レティシアは真剣なまなざしで前を見据えて走るクリスタの顔を見上げる。
―クリスタは自分から話してくれたから…
再び手に力を込めなおしたレティシアは、ふと自身の状況に気が付いた。
―私は私について何も話していない…
レティシアは王宮内でも貴族の間でも、氷魔法を持って生まれなかった"魔法が使えない"姫として知られている。
生まれてあの時市井に出るまでアルキオネ宮から一歩も出たことのないレティシアが、光"魔法"を使えることはおかしなことなのだ。
クリスタもマリアンヌもそのことについて全く詮索してこなかった。
それに前世の記憶が戻るまでのレティシアは、無口で表情の乏しい姫であったと、彼女自身がぼんやりと記憶している。
ある日を境に突然明るくなった姫について、賢いマリアンヌが何を思い考えていたのか、今となっては分からない。
―私はみんなの事を、本当に心から信頼していたわけじゃなかったんだ…調子いい人間だ…
レティシアはもう一度、クリスタの顔を見上げた。
彼女の表情は揺るぎなく真っすぐで、レティシアの目には誰よりも輝いて見えた。
―話そう、まずは私のこと、クリスタもマリアンヌも、そしてエマも私にとって本当に信頼できる大切な人にするんだ
レティシアは覚悟を決めた表情で、再び拳を強く握りしめた。
クリスタとレティシアはあっという間にロスト商会まで辿り着いた。
二人は階段を勢いよく駆け降りると、扉を叩く。
二人は扉を開けた若い男の横をすり抜けて、真っすぐカウンターへ向かった。
カウンターにいる若い男の前でレティシアは被っていたフードを外す。
その場にいた数人が少しざわついていた。
「ヴァレリアを出して」
レティシアはカウンター越しに男に真剣な表情で言った。
いつもはクリスタが先に商会に手紙を出してヴァレリアにアポを取り、約束時間を決められた招待状を持って会っていた為、入れ替わり立ち代わりの男たちもすんなりと通してくれていたが、今日はそうはいかない。
ヴァレリアは商会の表には決して出ない。
この緊急事態にすぐに取り次いでもらうには、レティシアは自分が誰なのか分かりやすく示す必要があった。
カウンターの男はレティシアの髪の毛を数秒見つめると、事の重大さに気が付いたようで急いでどこかへ走っていった。
その後すぐに出てきたのはダグラス。
彼は徐に部屋にいた人たちを静かに外へ追い出すと、レティシアとクリスタの二人だけを残した。
そしてようやく扉を開けてヴァレリアが登場する。
「姫様、危険な事をしてどうされましたか?」
彼女はいつものように柔和に笑う。
「エマはどこ?」
レティシアはヴァレリアの瞳をしっかりと見据えて言った。




