第42話 動き出す人物
月明かりが照らす暗い部屋で、話をしたレティシアとルシウス。
ルシウスはレティシアに心を許してくれる関係になった。
次の日からレティシアとルシウスの散歩は再開された。
今度は無言の地獄散歩ではなく、そこそこに会話をしながら歩いている。
ゼノはそんな二人の様子を後ろから愛おしそうに見ていた。
事の次第を端的に聞いたクリスタも微笑ましく後ろをついて行っていた。
「レティはどんな料理が好きなんだ?」
ルシウスの何気ない質問に、レティシアは勢いよく彼の方を向く。
「肉料理は何でも好きだし、甘いものは最高だよ!特にレティが大好きなのはレモンケー…」
思わず嬉しくなって早口で話し始めたレティシアは、途中でハッと気が付いた様子で喋るのやめた。
「レティ?」
ルシウスが不思議そうにレティシアの顔を見る。
―あっぶない、まーた失言するとこだった
レモンケーキはフェルディナンド公国でよく食べられるお菓子で、レグラント王国では食べられない。
フェルディナンド公国を滅ぼしたガルディニア帝国の皇太子であるルシウスに対して、フェルドの話題を出すこと自体も危険だ。
「あれだよ!市井で食べられる美味しいお肉料理もあるんだよ、ルースも食べてみたいよね?!」
レティシアは必死に話題をそらした。
「ガルディニアはこれといった料理が無いから、行けるなら食べてみたいな」
ルシウスは笑いながら首を傾げた。
そして後ろのゼノをちらりと見る。
ゼノは静かに首を横に振っていた。
「市井には行けなさそうだ…レティの好きなものが食べたかったのに残念だ」
ルシウスは悲しそうに肩を落とした。
「あ!ハンナに頼めば作ってくれるかも!今度の食事会に出してもらおうよ」
そう言うとレティシアは満面の笑みで後ろを振り返ってクリスタを見る。
クリスタは笑いながら頭の上で両手で大きなまるを作った。
「俺は、レティと二人で食べたかった…」
ルシウスが小さく呟いたがレティシアにはよく聞こえなかった。
「ルースなんて言ったの?」
無邪気に聞き返すレティシアを見てルシウスは顔を赤らめながら視線をそらした。
「何でもない!次の食事会が楽しみだって言った!」
同時刻、パゴス宮の庭にて。
「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」
庭に置かれているテーブルの横に腰かけるライオネルに対して、セシリアが両手でドレスの裾を持ち上げて丁寧にお辞儀をする。
「セシリア嬢、わざわざありがとうございます。この間は声もかけず帰ってしまい申し訳ありません」
ライオネルは無表情で淡々と答える。
「いえ、お構いなく」
セシリアも無表情で淡々と答えると、ライオネルの後ろに立つギルバートに視線を向けた。
「ギルバートお兄様、その後お元気ですか?」
「おかげさまで…」
ギルバートは妹と視線を合わせることなく適当に返事をした。
「殿下、今日は母も一緒に参りました。もうじき到着します」
セシリアがそう言うや否や、遠くから走って来るオレンジ色の髪の毛の貴婦人が見えた。
髪の毛を丁寧に結いあげ一つにまとめており、白地にオレンジの優雅なドレスを着ている。
貴婦人はライオネルの所まで走ってくると息を切らしながらお辞儀をした。
「殿下、お久しぶりです~!先日うちに来られた時に主人が失礼したとか」
貴婦人はハンカチを取り出し片手で額ににじむ汗を抑える。
ギルバートはライオネルの後ろに隠れようと静かに姿勢をかがめようとした。
貴婦人がギルバートの様子に気が付き、彼の元へ駆け寄る。
「ああー!ギルバート!私の愛し子~!!!」
勢いよくギルバートに抱き着くと顔を寄せて頬ずりをした。
「お母様やめてください~!殿下の前です~!」
ギルバートは必死に引きはがそうと顔をそむける。
「公爵夫人、セシリア嬢、まずはゆっくり座られてください」
ライオネルが淡々と声をかけると、貴婦人とセシリアはライオネルの向かい側に腰かけた。
底抜けに明るい笑顔で丸い可愛らしいグレーの瞳を持つこの貴婦人は、現ヴァルハイト公爵の妻、つまりヴァルハイト公爵夫人であり、カール、セシリア、ギルバートの実の母である。
彼女のオレンジ色の髪の毛はギルバートと全く同じ色で、明るい笑顔がとても良く似ている。
非常に若々しく見えるが、これでも公爵と1、2歳しか年が変わらないと言うから驚きだ。
「セシリアが会いに行くと言うので、無理を言って着いてきました」
公爵夫人は明るい笑顔で話し始める。
「ギルの事でしたら公爵に丁寧にお断りさせていただきましたよ」
ライオネルは冷徹な表情で言った。
対して公爵夫人は明るい笑顔を崩さない。
「もちろん、私が主人にきつく言っておきます。愛しの息子を政治の駒にしたことを、私は許していません」
夫人の笑顔は崩れないが、声色はどこか恐ろしさを含んでいた。
「あ!セシリアはこう見えて殿下との婚約を望んでおりますので安心してくださいね」
夫人は嬉しそうに笑いながら言った。
「お母様!」
いつも無表情のセシリアが慌てた様子で隣の母を見る。
「私は王妃になる覚悟ができておりますので」
セシリアはライオネルの方を見るといつもの無表情でそう言った。
「それだけを伝えに来られたわけではないでしょう」
ライオネルは少し目を細めながら夫人を見た。
「殿下はやはり鋭いですね!私から一つお願いがあるのです」
夫人は口元を片手で隠しながらも豪快に笑って言った。
「マリアンヌ嬢を助けてはいただけませんか?彼女にはつらい思いをさせてしまったので…」
夫人は瞳の奥を揺らしながらライオネルをそっと見つめた。
「なんとか彼女が姫様の侍女を辞めずに、エインワーズ家を継ぐことのできる男性を見繕って欲しいのです」




