第41話 下弦の月
ルシウスと廊下の一件以来、レティシア達の散歩は無くなった。
レティシアは話をしようと訓練所に向かうも追い返される。
眠りに着こうとしていたレティシアの部屋に訪ねてきたゼノから衝撃の話を聞いたレティシアは…
レティシアはゼノの突然の告白に目を丸くして固まった。
ゼノは至って真面目な表情である。
「えっと、ゼノは王族ってこと…?」
レティシアが困惑した様子で尋ねる。
「”名目上”はそうなりますが、殿下のお側にいると決めた時から王位継承権を放棄したので、殿下とは兄弟というよりは主従関係です」
「なるほど…?」
―ただでさえこっちは元平民なんだよ~複雑すぎてわかんないよ~
レティシアは困惑した表情のまま、とりあえずこれ以上は聞かないことにした。
「なので、姫様どうか殿下を許してくださいませんか。本音を隠して腹の探り合いの環境で生きてきた殿下を…」
ゼノは悲しい顔をして俯いた。
「大丈夫、レティ怒ってないよ。ちょっとだけ怖かったけど、レティがお話しに行ってもいいかな?」
レティシアは優しく微笑みながら答えた。
ルシウスは与えられた部屋のベッドで体育座りをして膝に顔をうずめていた。
明かりを消した暗い部屋の中にはルシウス一人。
扉の外には数人の護衛が控えているが、ルシウスは彼らの名前すら覚えていない。
5歳の小さな少年は、窓の外に見える右半分が欠けた月を虚ろな目で見つめた。
危険な火山の麓の道を通り、顔も知らない婚約者に会いに来た少年の姿は、一国を背負う”皇太子”ではなく、小さな小さな”男の子”だった。
その時、扉を誰かがノックした。
「殿下、もうお休みでしょうか?」
優しくルシウスに語りかける声はゼノのものだった。
「まだ起きてるが、どうした?」
ルシウスが返事をすると扉がゆっくりと開けられた。
そこにはゼノが立っていたが、ルシウスが視線を少し下に落とすと銀髪で薄黄色の瞳をもった小さな女の子がいた。
彼女の瞳はまるで月明かりのように優しく輝いている。
「姫がこんな時間に何の用で…」
ルシウスはレティシアから顔をそらした。
「レティも眠れないから少しお話しよう」
レティシアは一国の姫と皇太子としてではなく、一人の女の子として語りかけた。
ルシウスは黙っている。
「殿下、私は席を外します。お二人でお話されてください」
「ゼノ待っ…」
立ち上がって止めようと手を伸ばしたルシウスに複雑な笑顔を向けると、ゼノは静かに部屋の扉を閉めた。
部屋にはルシウスとレティシアの二人きり。
レティシアはゆっくりとベッドの上にいるルシウスに近づいた。
ルシウスは思わず背を向けて窓の方を見る。
「レティ、隣に座ってもいい?」
ルシウスはずっと黙っている。
レティシアは返事も聞かずよじ登ると、ルシウスの隣にそっと座った。
ルシウスはうずくまってレティシアを見ようとしない。
レティシアも自身の膝を両手で抱えながら下を向いて話し出す。
「レティはね生まれた時からみんなに嫌われていたよ。殿下はいまでもレティの事が嫌いなんだ。理由はレティには分からないけど、レティのお母様がねとってもひどいことをしちゃったんだと思う」
レティシアは膝を強く抱えなおす。
「色々分かってきてからは最悪だって思ったよ。レティは何もしてないのに、なんでこんなことに巻き込まれなきゃいけないんだって。こんなところ早く逃げ出したいって…」
レティシアはうずくまるルシウスの背中に肩が軽く触れるように寄り添った。
「でもね、一人だけレティを守ってくれる人がいた。それがマリアンヌ。母親がいないレティにとってマリアンヌはほんとのお母さんみたいに大切」
―母親のいないミーナにとっても…
「それから、負けずに自分のできることをやってみたら、大切な人が増えていったよ。テオお兄様とはほんとに政務で会うくらいだけど、昔は顔を見れば威嚇されてたんだよ」
レティシアはテオドールと最初に会った時のことを思い出してくすりと笑った。
「ルシウス殿下はずっと一人ぼっちじゃないはずだよ。ゼノがそばにいてくれたんじゃない?ゼノの事も殿下にとっては嫌な人?」
「違う…」
ずっと黙っていたルシウスが震える声で絞り出すように呟いた。
「全部血が繋がってなくても大切な人は大切だし、”家族”になれるとレティは思うよ」
ルシウスの体が震えだしたことにレティシアは気が付いたが、距離感を変えることなく彼女は両手で抱えていた自身の膝を倒した。
そのままルシウスは声を押し殺すように泣いていた。
レティシアはそのまま話しかけず、そっと寄り添い続けた。
どれくらい時間が経ったかは分からないが、いつの間にか泣き止んでいたルシウスは顔を上げて窓の外に浮かぶ月を眺めていた。
彼は背中越しにレティシアに話しかける。
「姫と俺は政略結婚だけど、”家族”になれると思うか?」
―あと2年でここから逃げ出そうと思ってたし、ルシウスとの結婚考えてなかったなぁ
「お互い信じあえればなれるんじゃないかな?」
レティシアは心の内の本音を必死に隠しながら明るく答えた。
「じゃあ…」
ずっと背中を向けていたルシウスが、体をレティシアの方に向けて彼女を見つめる。
「レティと呼んでも、いいか…?」
ルシウスの顔は月明かりによる逆光でよく見えないが、声色は恥ずかしそうだった。
「いいよ」
レティシアは優しく笑いながら答える。
彼女の真っすぐで綺麗に揺れる薄黄色の瞳に、ルシウスは顔を真っ赤にして斜め下を向いた。
「おっ俺のことは”ルース”と呼べばいいっ」
ルシウスは勢い任せに言い放った。
「分かった、ルース!」
レティシアは満面の笑みでルシウスを見る。
今にも沸騰しそうな表情のルシウスは、傍にあった枕で自分の顔を隠すと再びレティシアに背を向けた。
「今日はもう遅いから寝る!おやすみ!」
ルシウスはそう言うとそのままベッドに倒れ込んだ。




