第39話 波乱の帰省
ルシウスにアルキオネ宮内を案内していると、突然詰め寄られたレティシア。
ルシウスの複雑な感情に、何が何だか分からなくなったのだった。
レグラント王国の貴族の居住区域は、王宮をぐるりと囲んでいる。
最も王宮に近い円側から公爵家などの名高い家があり、外に行くにつれて男爵家などの成り上がり貴族の家が並ぶ。
「ギル、何してる?ここまで来たんだから行こう」
「うーん、やっぱり怪しいなと思って」
ライオネルとギルバートは、とある貴族の邸宅の門の前に来ていた。
「カール団長か?」
ライオネルが門の前で立ち止まって後ろのギルバートを見た。
「うん、兄様が帰ってこいなんて言う時はさ、いい事じゃない時が多いし」
ギルバートの表情は暗い。
「姪に会いたいんだろ?」
ライオネルは優しく笑いながらギルバートに歩み寄る。
「いやうん、姪っ子には会いたいよ」
ギルバートは葛藤しながら両手で自身の頭を抱えた。
「じゃあ行こう。長居する訳じゃないんだ」
ライオネルは笑いながらギルバートの手を取る。
「お兄様、お帰りなさいませ、殿下もようこそいらっしゃいました」
その時、門の方から少女の声が聞こえた。
濃い紫の長いストレートの髪に切れ長の青い瞳をしているその少女は、耳周りの髪の毛を後ろで一つに束ねて前からも見えるほどの大きな赤いリボンをつけていた。
着ているドレスは重厚感あふれ気品に満ちている。
「セシリア嬢、わざわざ門まで迎えに来なくても」
ライオネルは少女を申し訳なさそうに見て言った。
「いえ、お父様からギルお兄様が逃げ出さないようにと言いつけられまして」
セシリアと呼ばれたその少女は、笑顔もなく淡々と述べる。
「やっぱり…」
ギルバートはとても暗い表情で肩を落として息を吐く。
「お兄様、特別大事なお話ですわよ」
セシリアはギルバートを鋭い視線で見つめながら言った。
「殿下、ご足労おかけいたします」
3人が邸宅へ入ると、入り口でカールが丁寧に出迎えてくれていた。
「カール団長、ギルは姪に会いに来ただけで…」
ライオネルがすかさず話を挟もうとするが、
「すみません、父から話があるようで」
カールがライオネルの話に割り込むように言った。
「そこに私は同席しても?」
ライオネルは少しいらだった様子で尋ねた。
「是非にと」
カールは動じず笑顔で返答する。
「セシリア、お前は部屋で待っていなさい」
カールが横にいたせシリアに視線を向けてそう言うと、彼女はライオネルの方を向いてドレスの裾を両手で丁寧に持ち上げお辞儀をした。
「分かりましたわ、では殿下、また」
淡々と述べるとセシリアは踵を返して行ってしまった。
ライオネル達は、邸宅の応接室に案内された。
そこで待っていたのは40代後半の男性。
少し目じりにしわがある青い瞳に、濃い紫色の髪の毛は綺麗に整えられている。
「殿下、愚息がお世話になっております」
ライオネルを見ると男性は片手を肩に添えて丁寧にお辞儀をした。
「公爵、お久しぶりです」
ライオネルは淡々と返す。
「ギルバート、変わりないか?」
男性はライオネルの斜め後ろに少し隠れて立つギルバートに声をかけた。
男性はヴァルハイト公爵家の現当主であり、カールとセシリア、そしてギルバートの実の父であるヴァルハイト公爵だ。
「はい…」
ギルバートは公爵と目を合わせず小さく返事をする。
公爵はライオネル達を応接室のローテーブルの横に並ぶ椅子に座らせると、向かい側に自らも腰を下ろした。
カールはギルバートの左前に座る。
「早速本題なのですが、ギルバートに縁談が来まして」
「父様!」
公爵が話し始めたのを聞くや否や、ギルバートは勢いよく椅子から立ち上がりテーブルに両手をついた。
「公爵、話は聞きます」
ライオネルは表情を一切変えることなく淡々と述べる。
ギルバートは一度大きく深呼吸をすると椅子に座りなおした。
「エインワーズ家から、再び話をいただくことができた。ギルバート、公爵家の人間として責務を果たしなさい」
「嫌です!」
真剣な表情だがギルバートの語気は強い。
「ギルバート」
公爵は向かいに座る息子の顔を困ったように見つめた。
「自由に生きていいって言ったのはあなたたちだ!今更、ミハイル兄様のしり拭なんて!僕には関係ない!」
そう言うとギルバートは瞳に怒りを宿しながら唇を強く噛んだ。
「ギルバート、そういう事ではないよ、あちらが…」
カールがなだめるように声をかける。
「そんなはずない!マリアンヌ様が了承するわけがない。今は姫様の侍女頭として幸せに生きてる!そんな…」
カールに怒りの表情を向けたギルバートは勢いよくまくし立てると、途中で泣き出しそうな顔をして止まった。
「マリアンヌ嬢は、姫様の侍女を辞めて家に戻るそうだよ」
カールは真剣な表情をして言う。
「だとしても僕は嫌です」
ギルバートは俯きながら答えた。
「1年前に決めてたんだ」
カールは少しだけ悲しい表情になって言った。
「は?」
ギルバートは思わず顔を上げる。
「1年だけ猶予をって、ギルバートが断ったら、歳の過ぎた男爵を婿にとるそうだよ」
カールはそう言ってギルバートから顔をそらした。
「そんなの脅しじゃないか…」
ギルバートは怒りで肩を震わせながら、膝の上で両手の拳を強く握った。
「話の途中で悪いですが、私はギルバートを専属騎士から解任するつもりは毛頭ありませんよ」
何食わぬ顔で話をずっと聞いていたライオネルが口を開く。
「殿下…」
カールが何とも言えない表情でライオネルを見つめる。
「恐れながら殿下、これは公爵家の問題で」
公爵は慌てた様子で話し始める。
「公爵家の問題のくせに、ギルを放置してきたのは誰だ?」
ライオネルは冷たく鋭い視線を公爵に向けた。
「認められない。絶対に。皇太子の力全てを用いても、ギルは私が守ります」
ライオネルの表情はいつもの冷徹王子のものだったが、瞳の奥とそのオーラからはとてつもない怒りの感情が発せられていた。
「帰ろうギル」
「はい殿下」
ライオネルはギルバートに声をかけてすっと立ち上がる。
ギルバートも優しく返事をすると椅子から立ち上がった。
「殿下お待ちください!」
部屋を出ていく二人を引き留めるように公爵も慌てて立ち上がった。
ライオネルは足を止めて振り返ると、再び鋭い怒りの視線を公爵に向けた。
「公爵、私は大切なものを手放すことは絶対にしない、もう二度と…」




