第38話 "皇太子"
ルシウスと無言地獄散歩を毎日することになったレティシア。
そして今日は週に1度の食事会…
ライオネルが椅子に座ると部屋の空気が一気に変わった。
ルシウスは先程までのテオドールとの腹の探り合いから涼しい表情になっているし、テオドールも自慢の兄に会えて嬉しそうである。
―気まずい
この中で何となく気まずい表情をしていたのはレティシアだけだった。
「ライオネル殿下はどういった料理がお好きなのですか?」
ルシウスの表情は笑っているが、目は何かを探るような目をしている。
「魚料理が好きですが、ガルディニアではあまり食べられませんよね」
ライオネルはいつもの淡々とした喋りを崩すことは無い。
「ああでも、フェルドに行けば穏やかな海が見られますね」
ライオネルのその言葉に、少しだけルシウスの表情が引きつる。
―ガルディニアの海は流れが速くて荒れていると聞くし…
正直レティシアはガルディニア帝国についてあまり詳しくない。
あくまで通り道であって、興味が無かったという理由もある。
―ライオネルはレグラントを出たことがあるのかな?皇太子は簡単には出られなさそう…
緊張感のある沈黙の中、レティシアは向かい側に座るルシウスの顔をそっと見る。
―そういやルシウスだって"皇太子"なのに、2か月も他国に居てもいいの?
ガルディニア帝国に攻められればレグラント王国は落とされる。
その為のレティシアの婚約だ。
なのにわざわざレグラント王国に"皇太子"が滞在する本当の理由は。
レティシアがそんなことを考えていると、ハンナを含む厨房の侍女たちが料理を運んできた。
レティシアは目の前に並べられていく料理を見ながら次第に笑顔になっていった。
―どうせあと2年でおさらばだし!どうでもいいや!美味しいものたくさん食べなきゃ!
レティシアはメインの肉料理に思わず舌なめずりをした。
―ハンナってば最高!!
はやく食べたくてうずうずしているレティシアを、ルシウスはじっと見つめる。
彼女の隣のテオドールも同じ表情だ。
ルシウスは二人の同じ表情を目線だけ動かして何度か見ると、不機嫌な顔つきになった。
「どうぞ、いただきましょうか」
ライオネルの言葉でレティシアとテオドールは先を争うように料理に手を付けた。
食事の最中は所々でライオネルとルシウスがお互い裏がありそうな会話をしていたが、レティシアは料理に夢中でほとんどまともに聞いていなかった。
テオドールが一番に食べ終わり、物欲しそうにレティシアの食事を見てきたので、レティシアは威嚇しながら料理を自分に寄せた。
食事が終わるとライオネルが最初に席を立った。
「では、また」
そう言うといつも通りの表情で部屋を出ていく。
振り返ったギルバートと目が合ったので、レティシアは軽く手を振った。
「じゃあオレも失礼してっ」
テオドールも席を立つ。
「王子」
テオドールが部屋の扉付近まで歩いた時、ルシウスが引き止めた。
テオドールは足を止めるとゆっくりと振り返る。
「訓練所に連れて行ってくれませんか?1週間も鍛錬をしていないと困りますので」
相変わらずテオドールに対してのルシウスは好戦的である。
テオドールはおそらく必死に感情を消しているのだろう、数秒黙り込むと口を開いた。
「決まった時間内なら自由に利用できるよう、カール団長に話しておきます」
そう言うと速足で部屋を出ていった。
部屋にはレティシアとマリアンヌとクリスタ、そしてルシウスとゼノの5人が残された。
ルシウスがレティシアの後ろに立っているマリアンヌに視線を向けた。
マリアンヌは目が合うと丁寧にお辞儀をした。
「はじめて見る侍女ですね」
「レティの侍女頭のマリアンヌです」
レティシアとルシウスは目が合った後そのまま数秒沈黙する。
―ぬわー!耐えられない、さっさと部屋に戻ろう
レティシアが部屋に戻ろうと立ち上がろうとした時、ルシウスが椅子から勢いよく立ち上がった。
「姫、宮内を案内してくれませんか」
ルシウスは少しも笑わず真顔で言った。
―なんでだー!勝手にひとりで散歩しろー!
レティシアは断ることもできず笑顔で頷くしかなかった。
レティシアとルシウスは後ろにそれぞれの従者を連れながら隣を歩いている。
毎日の散歩のときと何ら変わりなく、会話は無い。
「姫と王子は仲が良いように見えました」
ルシウスが徐に口を開く。
―またその話?てか今日なんでずっと敬語だ?
レティシアはルシウスの突拍子もない質問に戸惑いながらも返事をする。
「殿下よりはテオお兄様の方がお話しする機会が多いです」
「テオお兄様…」
ルシウスが呟きながら急に立ち止まる。
そしてレティシアの方へ体を向ける。
「ライオネル殿下の事は"殿下"なのに、テオドール王子の事は"王子"ではなく"お兄様"なんだな」
ルシウスの目から何故か底知れない怒りが感じられた。
レティシアは思わず一歩後ろに下がる。
「姫は側室の子なんだよな?こんな離宮に住んでいて、王子たちとは"母親"が違う」
ルシウスが一歩またレティシアに近寄る。
それに合わせてレティシアも後ずさる。
「邪険にされてもおかしくない。王子と仲良くないと言いながら、親しく呼んでいるしこの宮も綺麗に整えられている!」
ルシウスの声が段々と大きくなり、レティシアに詰め寄る。
レティシアは恐ろしくなってまた一歩後ろに下がる。
その時躓いて後ろに倒れそうになり、目をぎゅっとつぶる。
数秒後、レティシアは倒れることなく、後ろからクリスタに支えられていた。
目を開けるとゼノがルシウスの腕を掴んで止めている。
腕を掴まれているルシウスの表情は、先ほどまでの怒りの目と異なり、今にも泣きだしそうな少年の顔だった。
―分からない…
レティシアはルシウスの表情を見て、底知れない寂しさを感じた。
ルシウスは視線を逸らすと小さく呟く。
「ごめん…」
そしてそのまま廊下を歩いて去って行った。




