第36話 思いがけない遭遇
訓練所でルシウスに負けて落ちこむテオドール。
アルキオネ宮の庭でテオドールを優しく慰めるレティシア。
一方その頃ライオネルは…
数時間後、パゴス宮の執務室。
「ギル、エマが2か月間ロスト商会で過ごすらしい。ルシウスの監視の目が足りなくなる。どうするのが良いだろうか…」
ライオネルが複数の書類に目を通しながら、傍らで剣を磨くギルバートに話しかける。
「うーん。エマさんなんとか連れ戻せないです?無理だったら商会の若い手を何人か忍び込ませるとか…」
ギルバートは剣を磨きながら答える。
「ルシウスを…見たくないそうだ。無理強いはできない」
手際よく書類を分けながらライオネルも返事をする。
丁度その時誰かが扉をノックした。
「入れ」
ライオネルは手を止めることなく答える。
扉を開けて入ってきたのは、先ほどまで訓練場にいたカールだった。
カールの姿を見たギルバートが慌てて立ち上がる。
「座っていていいよギルバート」
カールは焦りながら立ち上がったギルバートに優しく微笑む。
気まずい顔をしながらギルバートは座ると、再び剣を磨き始めた。
「カール団長、どうした?何かあったのか?」
ライオネルは手を止めて心配そうにカールを見た。
「少しだけ、いざこざがありました」
「テオに何かあったのか?!」
ライオネルは机に両手をついて勢いよく立ち上がった。
「いいえ、お怪我はされていませんよ」
カールが優しく答えると、ライオネルはほっとした様子で座りなおした。
カールはライオネルに訓練所で起きた一連の出来事を要点良く話した。
ライオネルは話を聞いていくうちに次第に険しい表情になる。
「ギル、あとでメトス宮に行こう。テオの好きなお菓子を持って」
ライオネルはもう綺麗になったはずの剣を磨き続けるギルバートに話しかけた。
「承知です」
ギルバートはカールをちらちら見ながら答える。
「カール団長、そのルシウスを打ち負かした見習い騎士は何者だ?そんな奴がいたのか?」
ライオネルは机の上の書類を片付けながら言った。
「彼は3年前にフェルドから来た難民で、"キース"と言います。今まで実力が無いように装っていましたが、来た当初から群を抜いて強かったです」
カールは微笑みながら答える。
「フェルドか…エマなら…いや、やめておこう」
ライオネルは何かを言いかけてやめた。
カールは丁寧にお辞儀をすると、扉の方へ歩き始めた。
数歩行くと立ち止まり、思い出したように振り返る。
「そうだギルバート、たまには姪っ子の顔を見に帰っておいで」
「考えておきます…」
ギルバートは気まずそうに答えた。
カールはもう一度優しく笑うと、執務室を出ていった。
ライオネルがギルバートをそっと見る。
「ギル、嫌なら行かなくてもいいぞ」
「まあ、少しくらいなら、僕も姪には会いたいし…」
「なら僕も一緒に行こう。セリシア嬢にそろそろ会っておかないと」
そう言ってライオネルはギルバートに微笑んだ。
同時刻、レティシアは自室に戻ってベッドの上に寝転がり本を読んでいた。
クリスタが窓の付近をはたいて掃除をしている。
―エマもマリアンヌもぜーんぜんレティに会いに来ないなぁ
レティシアは起き上がって本を閉じる。
「クリスタ~お庭にお散歩にでも行こうよ~」
「いいですよ~行きましょう」
クリスタは笑顔で答えると、手に持っていたはたきを服のポケットに突っ込んだ。
レティシアはクリスタを連れてアルキオネ宮の庭のいつもの散歩コースを歩く。
庭に植えてある花々は大体がエマの趣味らしい。
「ところで姫様、あねさんから欲しい情報は買えましたか?」
クリスタが木の棒を片手に持ちながらぶらぶら歩くレティシアに話しかける。
「ぜーんぜん、教えてくれなーい」
―ヴァレリア相手に私の実力じゃ限界かも、兄さんを探す他の方法考えなくちゃ
兄を知っているヴァレリアからなんとか情報を引き出そうと、定期的にロスト商会を訪れてはいたが、いつも上手いことあちらの流れに持っていかれ、有力な情報は得られていない。
ライオネルが王位を継ぐまであと2年。
レティシアはあまり悠長に過ごしてはいられない。
―いっそのことクリスタを連れて国外逃亡でもしちゃおうかな~
レティシアは歩きながら手に持っていた木の棒を力強く振った。
その拍子に手からすり抜けた棒が勢いよく斜め前へ飛んでいく。
飛んでいった棒はたまたま前を通りがかった人物の顔に直撃した。
―あ
レティシアの顔が一気に真っ青になる。
棒が直撃した人物は引きつった笑いを浮かべながらゆっくりとレティシアを見た。
「姫は婚約者の顔を傷つける趣味でもあるのか?」
そこには正装から普段着に着替えたルシウスがいた。
―ひょえ~よりによってこいつ~!
絶望的な状況に焦るレティシアは何も言えずに一歩後ろへ後ずさる。
ルシウスは自分の顔に直撃した棒を徐に拾うと、投げるように構えた。
「殿下、お戯れが過ぎます」
ルシウスの動きを止めたのは、彼の従者である少年だった。
そしてレティシアの前に出ると片膝をついて丁寧に頭を下げた。
「姫様、ご挨拶できておらず申し訳ありません。ルシウス殿下の専属騎士のゼノと申します」
何となくクロードと似た雰囲気を纏う少年は、レティシアに対して丁寧に名乗った。
ルシウスはふてくされた顔をしながらその様子を黙って見ている。
「良ければ殿下とご一緒にお散歩をされてはいかがですか?」
ゼノは膝をついたままレティシアに笑顔で話しかけた。
―こっ断りずら…
「うん、いいよ」
レティシアは笑顔で返した。




