第35話 屈辱の戦い
訓練場で次々と騎士を倒していくルシウス。
そんな彼と次に剣を交えるのはテオドールだった。
模造刀を手に訓練場の中心でにらみ合う二人の王子。
その場にいた全員が、緊張感あふれる雰囲気に固まっていた。
カールの合図とともに二人が同時に地面を蹴る。
恐ろしい速さで剣をぶつけ合う二人は、素人目では互角のように見えた。
最初に二人がぶつかり合った場所から、少しづつテオドールが後ろに下がっているように見える。
レティシアは両手を胸の前で握りしめながらテオドールの表情を見る。
汗がにじむ彼の表情は少し苦しそうに見えた。
―テオドール!負けないで!
おそらくこの場にいる全員が、テオドールの勝利を望んでいる。
しかしその想いは次の瞬間崩れ去った。
一歩後ろに下がったテオドールが大勢を崩してそのまま後ろへ傾く。
テオドールが驚いた表情をしたと同時にルシウスが不敵に笑う。
ルシウスが容赦なく剣を振るうと、テオドールの剣を握っていない手の先から氷の刃が放たれた。
ルシウスは一瞬驚いた表情をしたが、彼の振るった剣が赤く光り炎を纏う。
氷の刃は炎の剣に触れるとあっという間に溶かされた。
そのまま後ろへ倒れ込もうとしているテオドールにルシウスがもう一度剣を振り上げる。
「やめ!」
カールの鋭い声が訓練所に響いた。
背中から倒れ込むテオドールを支えるクロード。
ルシウスの振り上げた手を掴む長身の少年。
二人の王子はその体制のまま依然としてにらみ合っていた。
ルシウスの手を掴んでいるこげ茶色の短髪で前髪をすっきりと上げてまとめている少年は、ルシウスが王宮に足を踏み入れた時からずっと近くにいる彼の従者である。
臙脂の切れ長の瞳でなだめるようにルシウスを見る。
「殿下、なりません」
ルシウスは少年を不満気に見ると、挙げていた手をゆっくりと下ろした。
「先に魔法を使ったのは王子ですよ」
ルシウスは床に倒れているテオドールを睨みながら言った。
テオドールは悔しそうな表情で唇を噛みながら顔をそらした。
クロードが心配そうに両肩を支える。
「今日は終わりにしましょう」
2人に歩み寄ってきたカールが優しく声をかける。
レティシアは心配そうな顔で隣のクリスタを見た。
クリスタも心配そうな顔でレティシアと目を合わせる。
テオドールがクロードに支えられながら立ち上がり、ルシウスも剣を置いて端へ戻ろうとしたとき、一人の少年が模造刀を片手に前へ出てきた。
カールが少年に気が付き、片手を挙げてルシウスを引き留める。
その少年はレティシアの目に留まった、ライに似た容姿の見習い騎士のあの少年だった。
少年は片手を挙げて口を開いた。
「最後に俺と手合わせ願えますか」
ルシウスは少年の申し出を鼻で笑うと、戻ろうと歩き始めた。
「負けるのが怖いのですか?」
少年は淡々とルシウスの背中に声をかける。
ルシウスは歩みを止めると、振り返って少年を睨んだ。
「笑わせるなよ」
そう言って剣を力強く握りしめる。
そして今度は、模造刀を手に訓練場の中心でにらみ合うルシウスと少年。
先ほどと同じように、カールの合図とともに二人が同時に地面を蹴った。
恐ろしい速さで剣をぶつけ合う二人。
少年の顔は無表情だがその瞳は揺るがずルシウスを捉え続けている。
レティシアの隣では足を延ばして片手を地面につき、床を見つめて座っているテオドール。
二人の戦いを全く見ていない彼の表情はどこか虚ろだった。
レティシアがテオドールに話しかけようと二人の戦いから少し目を離したとき、剣が弾き飛ばされたような音が響き渡った。
とっさに戦いの方へ視線を戻す。
そこには剣を失って呆然と立ちすくすルシウスと、無表情でルシウスの首元に剣先を突き付ける少年。
ルシウスは唇をかみしめながら顔を真っ赤にすると、大股で訓練所の入口の方へ歩き出した。
「ルシウス殿下!」
カールが慌てて声をかける。
「帰る!戦いすぎて疲れたみたいだ!俺は負けてなんかない!」
再び大股で歩き始めたルシウスを、クロードが無気力なテオドールを抱えながら慌てて追う。
レティシアもクリスタと一緒に慌てて後を追った。
数時間後、アルキオネ宮の庭。
口を開けて無気力な表情でテーブルに頭をあずけているテオドールを、レティシアはいつもの白いカップでココアを飲みながら見つめていた。
「ああああ兄さまに顔向けできないいいい」
テオドールが棒読みで唸る。
ルシウスはというと、あの後アルキオネ宮の彼の為に準備した部屋に籠っているようだ。
落ち込むテオドールの後ろに佇むクロードの表情は少し悲しそうだ。
いつもテオドールと痴話喧嘩をしているクリスタも、さすがに静かに黙っている。
テオドールは現在9歳。
この年にしてレグラント王国では同年代の騎士で彼に勝てる者はいない。
勉強は苦手だが魔法の才能があるため、5歳から王国騎士団の魔物討伐に参加しているらしい。
ライオネルもテオドールの強さには信頼を置いているようだった。
そんな彼が年下の他国の王子に、魔法無しで負けそうになった。
こんな状態になるのも仕方がないことだろう。
レティシアはこの一年間テオドールの様子を見てきて、彼が剣術に実直に取り組んでいることを知っている。
決して驕らず鍛錬に励む姿は、妹として誇らしく思っていた。
「テオお兄様はかっこいいですよ」
レティシアの言葉に、おもむろにテオドールが顔を上げる。
「殿下もレティも誇らしく思っていると思います」
レティシアは優しく微笑みかけた。
「そうかよ…」
テオドールは恥ずかしそうに頬を赤らめると、再びテーブルに頭をあずけた。




