第33話 好戦的な婚約者
市場の問題を解決したレティシア達。
月日は流れ、王妃が決めたあの日がやって来る…
アルキオネ宮はいつになく慌ただしい様子だった。
レイモンドもマリアンヌも執務室に籠りっきりである。
1か月後にレティシアの4歳の誕生日が来る。
今まで一度も盛大に祝われたことは無いが今年は違う。
レティシアの"婚約者"が前後合わせて2か月間、アルキオネ宮に滞在するのだ。
「はあ~」
レティシアはいつものように鏡の前に座らされ、エマに髪を梳かされながら特大のため息をついた。
自分に婚約者がいると知らされたのは1か月前。
生まれた時に話は出ていたらしく、正式に決まったのはレティシアが市井の問題に一生懸命だった約1年前のこと。
前から決まっていたにも関わらず、ギリギリに知らされたレティシア含むアルキオネ宮のメンバーは大慌てで準備を始めた。
市井の問題はというと、あの後ライオネルがあっという間にまとめ上げて、以前と同じとまでは言えないが市場には活気が戻ってきている。
フェルドの人たちが加工したクロメの商品は、ライオネルも気に入ったというお墨付きで売り出され、今や市民の間で大流行中だ。
漁場については国から許可が下りた漁師のみが漁業を行って良い仕組みを作り、アリスの父たちは以前の漁獲量を取り戻すことができた。
市場の東の森の動物たちは相変わらず減らないが、仕事を求めた国民たちに重宝しているようだ。
エマはレティシアの左右の耳横の髪を綺麗に結いあげ、その髪を使いカチューシャを作った。
今日は婚約者に初めて会う日である。
エマはとても上機嫌に髪飾りが仕舞われた箱を開ける。
レティシアの3着しかなかった服も数個の髪飾りも、この一年で随分と増えた。
「今日はどうしましょう姫様~こちらにしますか~?」
エマは実際の花を加工して作られた、ピンク色の可愛らしい髪飾りを取り出す。
―エマのセンスに間違いないから何でもいいや~
レティシアは無言で頷く。
今日レティシアが着ている、白地に黄色の可愛らしいフリルの付いたドレスとも良く似合っている。
とびきりのおめかしをした小さな姫を見て、エマはどこか満足そうに微笑んだ。
「おーす、ちびっこ~準備できたら外で待ってろってよ~」
アルキオネ宮のいたるところが騒がしいせいか、いつの間にか正装をしたテオドールがドアに片手を置いて立っていることに二人は気が付かなった。
「テオお兄様呼びに来てくれたんですか?」
レティシアは椅子から降りてテオドールの元へ駆け寄る。
「兄さまの手を煩わせない為にな!」
言葉尻はきついが、テオドールの声色に以前のような威嚇は無い。
市場の一件以降、レティシアとテオドールは一緒に市井をぶらつく仲になっていた。
主にアリスに会いに行くことが本命だったが。
なんだかんだ面倒見が良く、オレの方が年上なんだからちゃんと"お兄様"と呼べと言ってきたので、それ以降レティシアは言う通りにしている。
「おまえ、馬鹿っぽく見えないか?」
「姫様はとっても可愛いです~」
テオドールの言葉にエマが食い気味に反応する。
レティシアは可愛く首をかしげてみせた。
「まあ、いいんじゃね…」
テオドールはまじまじとレティシアを見ながら呟く。
「ひーめーさーまー!!」
遠くから大声で叫びながら廊下を走ってきたのはクリスタ。
レティシア達の目の前で足で急ブレーキをかけて止まる。
「マリアンヌ様手が離せないみたいなので、あたしが一緒に行きますね!」
髪を乱しながら言うと、隣に立っているテオドールに気が付き視線を向ける。
「なんでいるんですか?」
「迎えに来てやったんだろが!」
レティシア達が王宮の正面の大きな城門の前に着くと、そこには左右に綺麗に整列した王国騎士団がいた。
そして真ん中には正装をしたライオネルとギルバート、主人を待っていたクロードが立っている。
「兄さま!遅いからオレが連れてきた!」
テオドールは笑顔でライオネルに駆け寄る。
ライオネルはテオドールに優しい笑顔を向けると、彼の頭をそっと撫でた。
レティシアとエマに髪を整えてもらったクリスタもゆっくりと歩いて近づいた。
ライオネルはいつもの冷徹な目でレティシアを見つめる。
「馬子にも衣装だな」
―なんか腹立つ!
レティシアは心の中でライオネルを思いっきりぶん殴りながらも、表面では笑顔を見せた。
3人とそれぞれの従者たちは、城門の方を向いて並んだ。
王宮の城門はとてつもなく大きい。
横5メートル、縦10メートル程はある白い2枚の扉だ。
数人の兵士たちがそれぞれ左右に分かれて、ゆっくりと扉を開けていく。
そしてその先に控えていた集団が徐々に姿を現す。
赤を基調とした服装の数十名の騎士達、真ん中にはこれもまた赤を基調とした豪華な馬車。
そしてその前に仁王立ちで立つ少年。
燃えるような赤い髪に鋭い眼光の赤い瞳。
赤と金で彩られた彼の服は、彼の為に存在するのではないかと思うほど良く馴染んでいた。
扉が完全に開くと、少年が片手を挙げるのと同時に一団がゆっくりと前へ歩みを進め始めた。
ライオネルの目の前まで辿り着くと、少年は片手を肩に添えてゆっくりとお辞儀をした。
「お初目にお目にかかりますライオネル殿下。ルシウス・ガルディニアです」
少年はとても好戦的な目でライオネルを見つめた。
「はるばるお越しくださいましてありがとうございますルシウス殿下。ライオネル・レグラントです」
ライオネルは一切動じることなく、いつもの冷徹な表情で言葉を返す。
ライオネルの隣に立っていたテオドールが一歩前に出てお辞儀をした。
「テオドール・レグラントです。お見知りおきを…」
ルシウスは自身と同じくらいの身長のテオドールをまじまじと見た。
「殿下と似てないのですね」
そして適当な顔で言い放った。
テオドールはお辞儀をしたまま、怒りの表情で唇を強く噛む。
なんとか冷静な表情に戻すと頭を上げて一歩下がった。
次にレティシアが緊張した様子で一歩前へ出た。
「レティシア・レグラントです」
ドレスの裾を両手で広げ、丁寧にお辞儀をする。
顔を上げると、ルシウスが何とも言えない顔でレティシアの事をじっと見ていた。
お互いの視線が合ったまま数秒間の沈黙が流れる。
「ブスだな」
―ブ?!ブス??!
レティシアの心の中でルシウスの放った言葉が幾重にも重なって反響する。
レティシアは衝撃を受けながらも必死に笑顔を作り後ろに下がると、今にも殴りかかりそうなクリスタの手をぎゅっと握った。
「ルシウス殿下、案内しますので」
ライオネルは淡々と言うと踵を返して歩き始めた。




