第32話 笑顔の帰還
アリスの父と話した後にレティシア達が向かったのは、フェルドの難民がいる集落。
そこで一人の老人と話をすることになったのだが…
黒に近い緑色でうねうねと細長く、ぬめぬめした物体の名前は"クロメ"と言う。
海藻の一種である。
レティシアはレグラントの海にもクロメが育っているとは思いもしなかった。
フェルディナンド公国では様々な加工食品として親しまれている食べ物で、レティシアはスープに入れたりするのが大好きだ。
加工食品の為、日保ちが良く非常に重宝する。
フェルディナンドを訪れた時には、ミーナは旅のお供にたくさん買い込んでいた。
老人は目の前に差し出されたクロメを見つめた。
「レグラントでは食べないと言っておったがのう」
相変わらず顎髭をさすり続けている。
「フェルディナンドではよく食べられるんでしょ、売り方を工夫すればきっと良い商売になるはず!」
レティシアは元商人の血が騒いで思わず前のめりになる。
老人は下を向いて考え込んでしまった。
テオドールがレティシアの耳に口を近づける。
「あれ食いもんなのか?どこで知ったんだ?」
老人に聞こえないようにひそひそと話す。
「レティ色んな食べ物が好きなので、本で勉強しました」
―前世の知識だけどね~
テオドールはレティシアの持つクロメをもう一度見ると、嫌そうな顔をした。
老人は考え込むのをやめると無言で立ち上がり、レティシアを見つめた。
なんだか見定められているような視線だ。
「お嬢ちゃんが、買い取ってくれるのかのう?」
レティシアは勢いよく立ち上がった。
「王都に色んな国の食べ物を売ってるお店があって、そこの人に話ができるよ!」
そして得意げな顔で老人を見つめた。
「あい分かった。村の者にもわしから話を付けよう」
老人はそう言うと家の方へ歩き始めた。
数歩歩いたところで立ち止まって振り返ると、フードを深く被ったエマに視線を向けた。
「よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げると、再び歩き出した。
吉報を伝えにアリスの父がいる小屋へ戻ろうと、レティシア達も歩き出す。
エマが木彫りの像を見つめて立ち止まっていることに気が付いたレティシアが振り返る。
「エマ?」
レティシアに呼ばれたエマは微笑みながら振り返ると歩き始めた。
レティシア達はアリスの父に、老人と話した内容を伝えると、帰り支度をするためクロードの待つ荷馬車へと戻った。
「ところで姫様、色んな国の食べ物を売ってるお店なんて、いつ知ったんですか?」
クリスタが荷馬車に乗り込み、レティシアを抱えながら言った。
「えっと、ヴァレリアに聞いたよ」
「あねさんに?いつの間に?」
―やっばいそこまで考えてなかった~
レティシアは心の中で冷や汗をかきながら誤魔化す。
「クリスタが寝てるときに、珍しいお店のこととか聞いたんだよ」
―この場にマリアンヌはいないし、バレないバレない…
クリスタは納得した様子で、レティシアを隣に座らせた。
「姫様、これ~」
エマが荷馬車に載せられた小さな袋を持ち上げる。
中にはクロメが袋いっぱいに詰まっていた。
「実物あったほうが、殿下も納得するかなって!それに、えーとハンナに作ってもらって、レティも食べて見たかったし!」
―持って帰ろうとしてるのバレた…
レティシアは必死に早口でまくし立てた。
「お前、食いしん坊すぎるだろ…」
荷馬車に軽く飛び乗ったテオドールが嫌そうな顔でエマの持つ袋の中身を見た。
―テオドールにだけは言われたくない!
レティシアは顔を真っ赤にして頬を膨らまし、黙り込んだ。
幸いなことに、帰り道で魔物に遭遇する事は無かった。
クリスタとテオドールの痴話喧嘩は相変わらずだったが。
ただ、道中エマの表情がいつもより少しくらいとレティシアは感じた。
どう話しかけたら良いか分からず、レティシアはエマに寄りかかって黙っているだけだった。
王都が近づくと、草原地帯にオレンジ色の髪の毛をした人物が立っているのが見えた。
次第に近づいてくるとその人物は大きく手を振り始めた。
「おかえりなさいませ~」
ふにゃっとした声と笑顔で迎えてくれたのはギルバートだった。
ギルバートの隣でクロードが荷馬車を止める。
「あ~良かった無事帰ってきて~。今日から皆さんが帰るまでずっとここに立ってろって殿下に言われてたので、何日飲まず食わずになるかドキドキしてました~」
ギルバートはほっとした様子で自分の胸を撫で下ろした。
「じゃあ荷馬車は僕が運びますので、皆さんは戻られてくださいね」
ギルバートはそう言うと馬に跨り手綱を握った。
レティシアはクリスタに抱えられながら荷馬車を降りる。
手にはあの小さな袋を持って。
「姫様!それなんですか?!」
レティシアの手に持つ袋を見ながら、ギルバートが驚きの声を上げた。
「食べるんだってよ」
荷馬車から飛び降りたテオドールが親指でレティシアを指しながら呆れた顔で言う。
レティシアはなんだか恥ずかしくなってクリスタの胸に顔を埋めた。
~レグラント王国:市井編(11~32話)のキャラクター紹介~
※新キャラのみ
【登場キャラクター】
☆「テオドール・レグラント」(8歳)
レグラント王国 第2王子
濃い紫色のツンツン髪にエメラルドの瞳
素直で明るい性格
剣術がとても得意で氷魔法を使える
勉強は苦手で食いしん坊
ライオネルが大好き
平民の女の子「アリス」に思いを寄せている?
☆「フローリアン」(32歳)
少し緑掛かったグレーの長髪を耳の下で後ろに束ねている
眼鏡をかけたグレーの切れ長の瞳
内政官、王国では内政官の地位に就くには40半ばが早い方
優しく穏やかだが抜け目がない
普段は主殿で仕事をしている
☆「クロード」(19歳)
濃い緑の髪をした清潔感溢れる騎士
前髪は分けて下ろしている、水色の瞳
テオドールの専属騎士
真面目でいつも真顔、お堅い性格
ギルバートの事を目の敵にしている?
☆「エレオノーラ・レグラント」(28歳)
レグラント王国 第24代王妃
濃い紫の長い髪に青い瞳
ライオネルとテオドールの実の母
二人の息子に対して無機質で関心がない
☆「ヴァレリア」(年齢不詳)
シャープなボブカットに漆黒の髪の毛、黄昏色の瞳
ロスト商会の主人
何を考えているか分からない柔和な笑みが特徴的
なぜか水魔法を使える
ライとミーナの事を知っている?
☆「ダグラス」(30代半ばぽい)
身長は2メートルある屈強な男
ボサボサの茶髪にグレーの瞳
ロスト商会の用心棒
口数が少なくぶっきらぼう
☆「アリス」(12歳)
薄ピンクの髪、耳の上でお団子二つにしている
海のような青い瞳
市場で海産物を売っている少女
父と二人家族
商人モードオフの時はけだるげな態度だが、オンになると愛嬌たっぷりの明るい接客に変わる
クリスタとは友達、テオドールも身分を知らないが友達
☆「アリスの父」(40代)
ふくよかな体形で立派な顎髭をたくわえている
豪快に笑う気さくな人
漁師
☆「レクィア」(年齢不詳だがヴァレリアの話では100歳越え)
小さな体にどす黒いワインレッドの長いツインテール、紫の瞳
見た目は少女
大陸協会の使徒、ナンバーはセクンダ
離反者には自ら手を下さないと気が済まないほどのサディスティック
【登場国】
☆ガルディニア帝国
レグラント王国の北東に位置する火山を挟んで向かい側にある比較的新しい国
実力主義の武力国家で情勢が安定していない
☆ガルディニア帝国領フェルド
聖歴533年に滅亡したフェルディナンド公国の現在の呼び名
ガルディニアとの戦争で滅んだ
レグラント王国の北に位置する。
国境沿いには厳しい渓谷があり、いわゆる天然の国境線になっている
渓谷を抜けると、そこには豊かな草原地帯が広がる
果物を盛んに栽培している国で、さわやかな風が吹く気持ちの良い国だった。
【登場単語】
☆大陸協会
女神さまへの信仰を守っている大陸共通の組織
信仰への厚さや適性を認めたものに限って魔法を与えている
与えられたものは魔女や魔法使いと呼ばれ、各国に存在する教会で教えを説いている
☆エルフ
女神さまがこの大陸を作った時に、最初につくったとされる種族のうちの一つ
彼らは人間のように、限られた者だけが一人一種類の魔法を使えるのとは違って、全員が魔法を使うことができる
魔力量も人間とは比にならず、複数の魔法を使うことが可能
太古から他の種族と交流を持たない
森でひっそりと暮らしている
寿命も1000年以上あるとも言われる
☆魔物
悪魔が動物に取り付いたもの
人間にはとりついていると視認できない
言葉を話さず狂暴的
魔法でなければ完全に倒すことはできず、何度も立ち上がる
その動物の本来の身体能力をはるかに超える力を出す
【登場料理】
☆ロストフォロ
レグラントの市井でよく食べられる
回転させながら焼いた肉をそぎ落として、野菜と一緒にパンで巻いたもの
☆カラカラ
レグラントの市井でよく食べられる
☆プッサスープ
レグラントの市井でよく食べられる
白身魚をにんじん、じゃがいも、せろりなどの野菜と一緒に煮込んだ、やさしい塩味の魚介スープ
☆クロメ
黒に近い緑色でうねうねと細長く、ぬめぬめした海藻の一種
レグラントでは食べる文化は無い
フェルディナンド公国ではよく食べられる馴染み深い海藻




