第31話 フェルドの集落
漁場へなんとか無事にたどり着いたレティシア達。
さっそく現地の漁師の男性と会話をする。
クリスタがエマを連れて行ってしまったため、その場には男性とテオドール、そしてレティシアの3人が残された。
「ところでそちらの小さなお嬢ちゃんは?」
男性はレティシアを見ながら尋ねた。
「えっと、クリスタの主人!」
テオドールが慌てた様子で答える。
「そうかぁ、いろんな商会の使い走りはやめて、定職についたってわけだな」
男性の笑い声はあたりに響き渡るほど豪快だ。
「ところでそんな小さなお嬢様がこんなところに何用で?」
男性は両手に持っていたバケツを降ろすと、レティシアの前にかがみこんだ。
「泳いでるお魚が見たくて…」
レティシアはとっさに考えついた適当な理由を口に出す。
男性は目を丸くすると、また豪快に笑った。
「残念だが捕った魚はすぐ血抜きしちまうから、今泳いでるやつは見れねぇなぁ」
そう言うと男性はそばに置いたバケツを一つ手に取ると、レティシアの前に持ってきてみせた。
バケツの中には水と、泳いでいない魚が数匹入っていた。
「でもまぁ、海に入れば小さな魚くらいは見つけられるかもな」
男性は立ち上がるとバケツを両手に抱えた。
「アリスの父ちゃん!ありがとう。この辺ぶらついてからまた顔出すね!」
テオドールは小屋の方へ歩いていく男性に声をかけると手を大きく振った。
クリスタとエマが戻ってくるまで、二人は海に近づいて様子を見ることにした。
この辺り一帯は砂浜になっており、近づいても海へ転倒する恐れはない。
レティシアは片足の靴を脱いでそっと海の水につま先を入れてみた。
―冷たい!
思ったよりも冷たい海の水にびっくりしたレティシアは一歩後ろに後ずさる。
「なんだよ~怖いのか~?」
隣でテオドールがレティシアを見ながらにやにやと笑うと、豪快に両足の靴を放り投げて水際にジャンプした。
「つっめてぇ!」
舞い上がった水しぶきがテオドールの顔面目掛けてヒットする。
レティシアは危機一髪回避した。
「冷たいって言えよ~!」
前髪が濡れて目元まで垂れているテオドールが、不満そうな顔をしながら砂浜へ戻って靴を拾う。
レティシアは思わず片手を口に当てて笑った。
「なーに笑ってんだ!年上は敬えよな!」
怒るテオドールはさながら驚かされて威嚇する猫だ。
「ちょっとー!何やってんですかー!」
遠くでクリスタが叫びながらレティシア達の方へ走って来る。
あっという間に砂浜へたどり着くと、テオドールの姿を見て呆れた顔をした。
「姫様を巻き込まないでくださいよ」
「最初に海に入ったのオレじゃねーし!」
指をさしながら怒るテオドールを横目に、クリスタはレティシアを抱きしめた。
「あらあら王子~足に何かついていますよ~」
顔を洗い服も着替えた様子のエマがゆっくり歩いてきながら、テオドールの足元を見て言った。
全員の視線がテオドールの足に集まる。
「なんだこれ」
テオドールは自分の足にへばりついていた物体を剥がすと、顔の前まで持ち上げてまじまじと見た。
それは黒に近い緑色でうねうねと細長く、ぬめぬめした物体だった。
4人は漁師たちの小屋から少し西に行った先の、フェルドの難民たちが暮らす場所へと足を運んでいた。
先ほどテオドールの足に絡みついていた物体は、海の中をよく見るとそこら中にあった。
もう一度アリスの父に話を聞きに行くと、昔から大量にあるものだと言う。
レティシアはそれが何なのか知っていたが、レグラントでは"食べる文化"が無いらしく、何も言い出せずにいた。
フェルドの人たちが暮らしている場所は、小屋からそう遠くない場所にあった。
木で作られた数十の家が真ん中の広場を囲んで円形に建てられている。
広場の真ん中には、木で彫られた不格好な像が一つ置かれていた。
「こんにちは」
クリスタが近くを歩いていた細身の男性に話しかける。
「やあ、どうも…」
男性はぺこりと頭を下げるとそそくさと近くの家の中に入って行った。
外に出ていた他の人たちも、レティシア達を見ると静かに家の中へと消えていく。
―警戒するよね…
取り残されたレティシア達は広場の真ん中にある像に近づいた。
―これ、フェルディナンドの所々でよく見かける像に似てる…
レティシアは像をそっと撫でた。
「おやおや、お嬢ちゃん女神さまを見るのは初めてかね?」
像の後ろの方から声が聞こえた。
レティシアが回り込んで覗き見ると、小さな老人が一人で座っていた。
「おじいちゃんこんにちは」
レティシアは笑って声をかけて、老人の隣に座った。
「この像はここの人たちが作ったの?」
老人の顔を見ながら質問をする。
「わしが彫ったんじゃが、素人にしてはなかなかじゃろう」
「うん、素敵だね」
レティシアは微笑む。
「こんなところに何しに来たんじゃい?」
老人は微笑みながらレティシアの方を見た。
「あっちの漁師さん達が困っていてね、ここのみんなに話を聞きたくて」
「おい、お前!」
老人に話を始めたレティシアの肩を、テオドールが思わず掴んで止める。
レティシアはテオドールの方を振り返ると優しく笑った。
彼女の表情から何かを感じ取ったテオドールは、手を離すとそのままレティシアの隣に不満げな顔で座った。
「ここのみんなは魚を捕ってどうしてるの?」
レティシアの質問に老人は自身の顎髭をさする。
「ここより更に西に集落があっての、そこで売っておる。余った分はみなで食べているが」
―やっぱりこのおじいさん、ここの長老だ、話を付けるにはこの人じゃなきゃダメだ
フェルディナンド公国は小さな集落が無数にある国で、長老が集落の在り方を管理している。
ミーナとライが集落で商売をする時は、長老に話を付けてからでないと追い出されていた。
「魚以外の商売をすることってできる?」
「この場所でできるかのう?」
老人は顎髭をさすりながら空を見上げた。
「例えばこれとか!」
レティシアは懐に隠し持っていた物体を老人の前にひらひらと揺らしながら差し出す。
それはあの、黒に近い緑色でうねうねと細長く、ぬめぬめした物体だった。




