第3話 あの冷たい瞳の名は
腹が減っては商売できぬ!と兄の教えを思い出したミーナは、レティシアに出された最低な食事を何とかするために厨房へ偵察にむかった。
厨房の侍女はあまりに酷かったが、一人だけ真面目に料理を作っていた侍女「ハンナ」を見つける…
ハンナがレティシアの部屋に直接食事を持ってきたことは無い。
少なくともミーナがレティシアとして目覚めてから、一度もハンナに会ったことは無いからだ。
いつも部屋に最低な食事を運んでくるのは、態度の悪い侍女たちだ。
ハンナが作った料理は、遠目からも分かるほど湯気がたっており、美味しそうな香りが尾行しているミーナの鼻にも届いてきていた。
彼女はその食事をどこへ持っていくつもりなのだろう。
ポケットに入れたかびたパンの事もミーナは気になっていた。
厨房を出てから止まることなく歩いていたハンナは、廊下に立って喋っている数人の侍女の前で止まった。
―あの侍女たち…
ミーナにはその侍女たちに見覚えがあった。
いつもノックもせずにレティシアの部屋の扉を開け、かびたパンと冷えたスープを置いて出ていく態度の悪い侍女たちだ。
侍女たちはハンナから、食事の乗った木製のトレーを受け取る。
「いつもご苦労様~」
「あの、姫様は、、どのくらい食べられていますか?」
「え~?まぁ、そこそこ?この間のは口に合わなかったみたいだよ?」
「そう、ですか…」
ハンナは侍女たちと一言二言会話をして、彼女たちの返答に少し気を落とした様子で俯いた。
「まぁ、頑張りな~」
侍女たちは笑いながらハンナの肩をポンポンとたたく。
―おかしいわ、私はあんな美味しそうなもの、一度も見たことが無い
―運ばれてきたら絶対残さずたいらげるのに!
ミーナはハンナの作ったおいしそうな料理に思わずよだれが垂れそうになる。
気を落として厨房へ戻っていくハンナを目で見送りながら、ミーナは侍女たちの様子をうかがった。
「ハンナってけなげだよね~」
「ほんとに姫様がこの食事を食べてるとでも思ってるのかな?」
侍女たちは笑いながら、ハンナの作った食事を自らの口へ運ぶ。
―あいつら…!これは見過ごせないわ…私の胃袋の為にも…
厨房の偵察から戻ったミーナは、どうしたら良いか分からず、自室のベッドの上でうつ伏せになり唸っていた。
―私の事を無視する人たちに、私が直接何を言っても無駄だし
―マリアンヌが注意しても、口だけで聞く気はない…
八方ふさがりの状況に、ミーナの表情は次第に険しくなる。
「姫様、可愛いお顔が台無しになってしまいます」
横で掃除をしていたマリアンヌが、レティシアの様子に気が付き、心配そうに彼女を見ている。
―可愛い顔が台無しか…。兄さん、会いたいな…
ライと同じ言葉をかけてくるマリアンヌに、大好きな兄の面影が重なった。
―そういえば、私って姫なんだよね、父親は今のレグラント王のはず
―そもそもなんでこんなに冷遇されてるの?他に家族はいない…?
情報収集と兄の手がかりを探すことばかりを考えていたミーナは、
今更ながら、冷遇姫に関して根本的な疑問が浮かんできた。
「ねぇ、マリアンヌ、レティのお母さんとお父さんは、どうしてレティに会いに来てくれないの?」
レティシアがマリアンヌにかまをかけるように尋ねると、箒で床を掃いていたマリアンヌの手がぴたりと止まった。
彼女の表情はとても暗く俯いていて、感情が良く分からない。
―もしかしてまずいこと聞いちゃった?
心の中で焦りながら、レティシアは傍らにあった絵本を広げて見せる。
「ほっほら!この絵本には、お姫様はお母様とお父様と手をつないで笑っているよ!
レティはお姫様だから、その、、えっと、、、」
俯いていたマリアンヌが顔をあげ、少し寂しそうな表情をしながらレティシアに近づいてくる。
「マリアンヌ、、、?どうしたのっ」
焦るレティシアをマリアンヌは何も言わずにそっと抱きしめた。
「姫様には、私がついていますよ…」
レティシアはただ、そっとマリアンヌを抱きしめ返すことしかできなかった。
直後、バン!と勢いよく扉が開かれる。
どうやらあの侍女たちが、いつものように最低な食事を運んできたようだ。
マリアンヌはレティシアを抱きしめていた手を緩めてすぐに立ち上がり、怒りをあらわにして侍女たちを叱責する。
「あなたたち!いい加減にしなさい!」
侍女たちはそろって不満げな顔をした。
そのうちの一人が、ため息をつきながら口を開く。
「マリアンヌ様って、何様のつもりなんですかぁ~?生き遅れのくせに」
その言葉を聞いたマリアンヌが、驚きと恥ずかしさの表情で固まった。
「ちょっと、言い過ぎっ」
他の侍女がくすっと笑いながら、言葉を放った侍女の肩をたたく。
何とも言えない空気感に、レティシアはマリアンヌが他の侍女たちから舐められている何かしらの理由があることを察する。
そんな微妙な空気を破ったのは、あわただしい廊下からの声だった。
「おっお待ちください!ひぇっ」
「どうしてこんなところに!きゃあっ!」
廊下でサボっているだけの侍女たちの慌てふためく声が聞こえたかと思うと、
複数の大きな足音と共に、サラサラの銀髪にエメラルドの瞳をした綺麗な男の子が、レティシアの部屋の扉の前に立っていた。
マリアンヌを笑っていた侍女たちの表情が、彼を見て一瞬で凍り付く。
「ライオネル殿下…?!どうしてここに…」
そう呟いた侍女に、男の子はすっと顔を向けて彼女を睨みつけた。
「ひぃッ」
男の子に睨まれた侍女は、おびえて後ろに尻もちをつくように倒れ込んだ。
ライオネル殿下と呼ばれた男の子は、目線をマリアンヌの横で立ち尽くすレティシアに向ける。
レティシアは吸い込まれそうなエメラルドの瞳に睨みつけられ、なぜか視線を逸らせずにいた。
ライオネルは静かに口を開く。
「この惨状は、なんだ?」




