第2話 冷遇お姫様の現状
兄と次の商売場へと移動中のはずが、いつの間にか冷遇お姫様「レティシア」に転生してしまったミーナ。
彼女はまず自分の置かれた状況を把握することに…
ミーナがレティシアとして最初にしたことは、情報収集だ。
商人にとって情報は商品と同じ、あるいはそれ以上に重要である。
最初はレティシアの年齢。
ミーナはマリアンヌに、とびきりかわいこぶって聞いてみることにした。
商人はコミュ力と愛嬌も大切だ。相手の安心を得ることができる。
「レティって次の誕生日で何歳になるの?」
「そうですね、この前誕生日が来たばかりですが、次は4歳になられますよ」
―なるほど今は3歳児か、あんまり賢すぎるのも良くないな
次に、レティシアがどの国の姫であるか。
幸い商人としていろんな国を渡り歩いていた経験から、ミーナにはすぐに分かった。
マリアンヌの書いたメモを盗み見た時に気が付いた。
他国と共通の言語を使っているが、文字だけは独自のものを使っている王国。
レグラント王国。
建国の歴史が古い王国で、王族は氷の魔法を使う。
他国の人間をきらう国民性があり、市井でモノを売るのが難しい。
貴族と平民の居住地域がはっきりと分かれており、商売に来た時もミーナは貴族に会ったことは一度もなかった。その為、レティシアの見た目だけではあまりピンとこなかったのだ。
最後に、今がいつなのか。
正直これにはミーナはとても驚いた。
王国歴521年。ミーナが死んだと思われる年から、12年経っている。
3年前には転生していたと考えても、9年もの空白がある。
―兄さんは、生きていたら35歳か…
ミーナに、ライと次の国を目指して移動中に眠った後の記憶はない。
どうやってミーナが死んだのか分からない。
兄は生きているかもしれないと、ミーナは自分の心に一筋の希望を灯した。
―兄さんが生きていたら商人を続けているはず
なんとか市井に行くことができれば、ライの情報を手に入れられるかもしない。
しかし、それは今のミーナには難しそうだった。
レティシアは見るからに冷遇されている。
この住まい(おそらく離宮)や、置かれている侍女たちの態度。荒廃した庭。
愛されているお姫様なら、こんなに放っておかれるかれることは無いだろう。
唯一の救いは近くにいつもいる侍女マリアンヌだった。
彼女だけはレティシアに真摯に接してくれている。
味方のいない状況で、情報を得ることは非常に難しい。
ミーナはまず、マリアンヌを絶対的な仲間にしつつ、この離宮から出る方法を探ることにした。
ミーナは何日かマリアンヌの行動を観察した。
どうやらマリアンヌは、日々レティシアの部屋の掃除やこの宮の金銭の管理をしているようだ。
マリアンヌが書いていると思われる帳簿を、ミーナはレティシアの部屋の引き出しで見つけた。
それはとても丁寧に付けられていて、ミーナの商人心をくすぐる出来だった。
その他の侍女たちはというと、廊下で箒を持ったまま喋っているだけ。
横を姫が通りすぎても、まるで目に映っていないかのようだった。
―私、人を見る目はすごいのよ
商人の力量は兄に到底及ばないが、ミーナの目利きは良く褒められていた。
質の良い商品を見極めることも、人の特徴や能力を見る目も。
マリアンヌ以外の侍女たちは、今すぐにでも追い出したい人間ばかりだったが、今の姫にその力はない。
ミーナは今の姫に何ができるかを考えた。
―腹が減っては商売できず!兄さんがよく言ってた言葉!
―あんな、かびたパンじゃお腹はいっぱいにならないわ!
―食事を管理している侍女を何とかするところからはじめなきゃ…
ミーナは離宮の厨房の様子を、こっそりと見る。
「やっぱり王族様が食べる食材は最高よねぇ~!」
「こんなに食べたら、あのお姫様肥え太っちゃうわよ」
数人の小太りの侍女たちが、姫の食事に使われるであろうはずの食材を、我が物顔で食べていた。
―こいつら~!掃除しない侍女よりたちが悪い…
姫に出された最低な食事を見て、怒りをあらわにしていたマリアンヌが、この惨状を知らないはずがない。しかし、改善されていないということは、他の侍女よりも偉いと考えられるマリアンヌでさえ、なす術がないということだろう。
惨状を理解したミーナは、どうすることもできず困り顔で自分の部屋に戻ろうとした。
―あれ?あの子
ふと、厨房の片隅で丁寧に料理を作っている、少し痩せた短髪の侍女がミーナの目に入った。
かなり慣れた手つきで料理をしているが、離宮にいる侍女たちより一回り幼く見える。
レグラント王国では、15歳からが成人であり、結婚や爵位継承が認められる年だ。
王宮で働く侍女たちは、見たところ皆成人しているようだった。
「ハンナ~、真面目に料理なんて作らなくていいんだよ、適当にこれでも持っていきなっ」
食材を我が物顔で食べている侍女の一人が、料理をしている彼女にかびたパンを投げつけた。
パンはハンナと呼ばれた彼女の右頬に勢いよく当たり、煤で汚れた床へ落ちる。
「「ハハハハハ」」
小太りの侍女たちの笑い声が厨房内に響く。
それでもハンナは彼女たちには目もくれず、黙々と料理を作っていた。
「つまらないガキ」
侍女の一人がそう言い放ちながら、彼女たちはそろって厨房を出ようとしていた。
―やばい、隠れなきゃ!
ミーナはとっさに物陰に身を隠す。
品のない大声で喋りながら、小太りの侍女たちはどこかへ去っていった。
ミーナは物陰から出てきて、もう一度厨房を覗いた。
ハンナは静かに床に落ちたパンを拾い上げ、煤をはたいて自分のポッケに入れた。
そして作っていた料理をお皿に盛りつけ、木製のトレーにカトラリーと一緒に載せている。
「食べてくれるといいけど…」
彼女はそう呟いて、木製のトレーをもって厨房の出口に向かった。
再びミーナは物陰に隠れる。
そしてこっそりと、トレーをもってどこかへ向かうハンナの後を追った。




