第1話 嵐の終わりの目覚め
「今日は雨も風もひどいし、一泊してからの方がいいんじゃない?」
悪天候の空を眺めながら、少女は傍らで出発作業をしている彼女の兄"ライ"に話しかける。
「いや、今日中に王国を出ないと、次の市の出店に間に合わなくなるよ、ミーナ」
ライは作業する手を止めることなく答える。
荷馬車を軽々と扱う屈強な体に、男らしいクリーム色の短髪。23歳のライは、14歳のミーナにとって唯一の頼れる家族だ。
「一日くらい休んだって…兄さんは商売馬鹿だね」
口を突き出しながらすねるミーナに、ライは手を止めて、笑いながら彼女を見た。
「売れなきゃ生きていけないだろ、ミーナ。そんな顔すると可愛い顔が台無しだ」
ライはぽん、と大きな手で、拗ねているミーナの肩につかない長さのブロンドの髪を撫でた。
「しょうがないなぁ、美少女の私がいないと兄さんはほんとダメだね」
得意げな顔でミーナはそう言うと、すっと立ち上がり、傍らに置いてあった荷物を抱えて荷馬車に乗り込む。
「ありがとう、ミーナ。公国に着いたら、誕生日に美味しいもの食べに行こう」
ライはそう言いながら馬の手綱を握る。
「やったー!私お肉が食べたいなー!それにレモンケーキも!」
上機嫌のミーナは好きな食べ物を思い浮かべながら、そのまま眠りについた。
―寝すぎたかな…
「兄さんごめん、今どのあたり?」
ミーナは眠い目をこすりながら起き上がり、目を開けた。
―ん?
目の前には見たことのない部屋、いつもの宿とは思えないほどの装飾や花瓶。
―え?こんな高そうな部屋、どうして
ミーナは急いで立ち上がり、兄の姿を探そうとしたが、
「痛っ!」
足がシーツに引っかかり、勢いよくベッドの横に転び落ちてしまった。
「どうされましたか?!」
すると、バタバタと慌てた様子で扉を開け、侍女のような服装をした女の人が入って来た。
「いやー、ごめんなさい、ちょっとこけちゃっただけで」
少し照れながら答えるミーナを、優しい緑色の長い髪の毛を、丁寧に後ろで一つにくくった女の人は、
眼を見開いて驚いた様子で見た。
「姫、様、、、?」
―え?
彼女たちはお互いに見つめ合いながら、その場にフリーズした。
「姫様―!!どこですかーー!!」
侍女の服装をした数人の女の人が、ミーナを探して動き回っていた。
―どこなのここ?なんなのここ?!しかも何なのこの体?!
ミーナは自分の体がとても小さくなっていることにパニックなり、部屋を飛び出して逃げたのだ。
―どうして私を"姫様"と呼ぶの?!
まったく状況を掴めず、ミーナは草陰に身を隠して小さくなる。
「姫様!ここにいらっしゃったのですね!」
―さっきの女の人!見つかった…
ミーナはとっさに立ち上がり、草むらのさらに奥へ走り出した。
「いけません!姫様、そちらは…!」
女の人の静止する声を無視して走り続けたミーナは、急に開けた場所に出た。
ドン!
彼女は何かにぶつかって後ろへ勢いよく尻もちをつくように転んでしまう。
「お前」
見上げるとそこにはサラサラの銀髪にエメラルドの瞳、きれいな服を着た男の子が立っていた。
―綺麗な子だな、貴族?
「ここで何をしている?」
年齢に見合わない冷淡な声。ミーナを見下ろすエメラルドの瞳は、まるで汚物を見るかのようにとても冷たかった。
「申し訳ありませんっ、殿下…」
さっきの女の人が慌てた様子でミーナの隣にひざまずき、おびえた様子で肩を震わせている。
「二度はない、帰れ」
"殿下"と呼ばれた男の子はそう言うと、兵士のような人達を引き連れどこかへ去っていった。
状況が全く掴めず呆然としているミーナを、女の人は震える手でそっと抱きしめた。
―どうやら私は転生したらしい
ミーナは鏡を見ながら自身の姿とは全く思えない容姿を眺めていた。
ふわふわの長い銀髪に、薄黄色の瞳。
そしてなにより14歳とは思えないほど小さな体。
鏡をじっと見つめるミーナを、隣で心配そうに見つめている先ほどの女の人は、"マリアンヌ"と言うらしい。
「姫様?具合が悪いですか?」
マリアンヌは綺麗な青い瞳を潤ませながら、姫をのぞき込む。
「ごめんねマリアンヌ、大丈夫だよ」
姫はにっこり笑顔で笑いかけながら、とりあえず着替えようと服を探して辺りをきょろきょろした。
「姫様、お支度しますね」
そう言って、マリアンヌが近くのクローゼットを開けると、中には3着しか入っていなかった。
ここがどこなのか分からないが、"姫"と呼ばれている以上、ミーナは王族に転生したのだろう。
だが、部屋をよく見ると、王族にしては物が少なく質素で寂しい雰囲気だった。
―兄さんといろんな国をめぐってきたけど、貴族相手に商売したことないからなぁ
―王族って思ってたよりも質素なのかも?
マリアンヌに着替えを手伝ってもらっている途中、急に扉を開けて数人の侍女が何かを持って入ってきた。
「あなたたち!何度も言っているでしょう!姫様のお部屋ですよ!」
すかさずマリアンヌが、ノックもなしに入ってきた侍女たちを叱責する。
「マリアンヌ様…、申し訳ありません」
彼女たちは、申し訳ないとは全く思っていなさそうな態度で謝りながら、持ってきた荷物を適当に置いてそそくさと出ていった。
ミーナが置かれた荷物をのぞき込むと、そこにはカビの生えかけた固いパンと、しなびた野菜が数切れ浮いているだけの冷めきったスープがあった。
「なんてこと…またこんなっ」
それを見て怒りと呆れに満ちた顔をして、わなわなと震えだすマリアンヌ。
「姫様、お待ちくださいね。すぐに新しい食事をとってまいります」
怒りに震えるマリアンヌの手を、ミーナはそっと握り微笑みかけた。
「マリアンヌ大丈夫だよ、今はあんまりお腹すいてないから」
マリアンヌは今にも泣きだしそうな顔をしながらしゃがみ込み、ミーナに手を伸ばしてそっと抱きしめた。
「レティシア様は、必ず私がお守りいたしますからね」
―なんてこったい、どうやら私は冷遇されている、ハードモードなお姫様"レティシア"に転生してしまったようだ
ミーナはそっとマリアンヌを抱きしめ返しながら、何からどうしたら良いか途方に暮れるのであった。




