第29話 危険な道のり
王都を出て漁場へ向かうメンバーの中に、エマにもついてきて欲しいと頼んだレティシア。
エマの心の壁を壊すことはできるのか…
「王子は雑すぎるんですよ!服がかわいそうです!」
「じゃあクリスタの袖はどうなんだよ!焦げててかわいそうだろ!」
「あたしのは…わざとじゃないからしょうがないですよね?!」
「じゃあオレもわざとじゃない~♪」
天井もない質素な木製の荷馬車の上で、テオドールとクリスタが激しく言い争いをしている。
テオドールの着ている服は襟元が10センチ程ビリビリに破けており、一方クリスタは片手の袖が焦げていて真っ黒になっている。
レティシアは言い争う二人を注意する気力もなく、ぐったりともたれかかって座っていた。
「姫様、明日の昼には到着しますよ~」
隣に座っているエマが、レティシアの頭を優しくなでる。
レティシアはエマの片腕に無言で抱きついた。
荷馬車の馬に乗って手綱を握っているのは、お忍びスタイルのクロードだ。
後ろの愉快な痴話喧嘩など、まるで聞こえないかのようにずっと前を向いている。
―出発前からこれだもん、さすがにうるさくて疲れた…
荷馬車には野営するための道具と、数日間の食料や料理道具も載っていた。
王都から漁場までは、丸二日と少しかかる。
一日目の途中までは見晴らしの良い草原地帯だが、その後は海まで鬱蒼と生い茂る森の中の小道を進んでいく。
現在は絶賛森の中であり、魔物との遭遇率が上がる地帯だ。
―人数多い旅ってのも考え物だな~
レティシアはミーナの時の兄と二人の楽しい旅を思い出しながら遠い眼をした。
昨日の朝。
王都の市井を通り抜けた草原地帯の片隅に、屋根のない荷馬車とローブを着たレティシア達がいた。
傍らには平民の服装のギルバートと、ローブのフードを深く被り、顔が半分以上隠れたライオネルもいた。
ギルバートがエマに近づいて何かを渡す。
その手に握られていたものは、見習い騎士が身に着けている実剣だった。
エマは差し出されたそれをまじまじと見つめた。
「必要になったら使ってください。こんなものしか準備できませんでしたが」
ギルバートは優しく笑った。
エマは数秒無表情で剣を見つめると、両手で受け取り微笑みながらギルバートを見た。
「使うことがなければ嬉しいですね~」
レティシアはその様子を遠くからそっと見ていた。
近くで喧嘩しながら追いかけっこをしているクリスタとテオドールは何も見ていないようだったが。
レティシアにライオネルが静かに近づいてきた。
「絶対に一人にはなるな。己の弱さを自覚しろ」
いつも通りの冷徹な瞳でそう言うと、走り回っているテオドールの方へ歩いて行った。
―やっぱり優しい人なのかな
レティシアは片手を握りしめて顎に当てながら考え込む。
走り回っていたテオドールはライオネルに話しかけられてすぐに大人しくなった。
クリスタも久しぶりに面と向かって話すことができて嬉しそうだ。
ライオネルは最後にクロードに話しかけると、ギルバートの隣に戻った。
こうして一行は、二人に見守られながら出発した。
そして現在、一日目の野営を挟んで二日目の移動日となったわけだが、クリスタの焦げた袖は野営の際に鍋の火で焦がしたもので、テオドールの破れた服は今朝着替えるときに力任せに着た結果である。
出発前から騒がしく喧嘩していた二人が、一日目の移動中に大人しくしているわけもなく、レティシア達はうるさい様子を永遠と見せられている。
こんなに騒ぎながらの移動であれば、かえって魔物も近づかないかもしれない。
「ねえエマ、レティちょっと眠ろうかな」
レティシアは隣に座っているエマの膝の上に横になった。
「安心して眠ってくださいね~」
エマはレティシアの頭を優しくなでる。
レティシアが耳をふさいで眠りに付こうとしたその時、馬が甲高く鳴いて荷馬車が急停止した。
驚いたクリスタとテオドールが体制を崩して倒れ込む。
レティシアが顔を上げると、クロードが馬から降りて剣を抜いていた。
クロードの視線の先には2メートルを超す巨漢の熊が両手を広げて立っていた。
目が血走っており、鼻息が非常に荒い。
テオドールが剣をもって荷馬車から跳躍し、クロードの隣に軽く着地した。
クリスタも近くで迎撃態勢に入っている。
クロードが無言で熊に向かって走り出し、重たい一撃を振るう。
熊は片手で受け止めると大声でクロードを威嚇した。
そしてもう片方の手を勢いよくクロードめがけて振りかぶる。
刹那、熊の振りかぶった腕が宙を舞った。
腕の消えた部分は綺麗な氷で覆われている。
熊の斜め下には、剣をもって鋭い視線を向けるテオドールがいた。
熊は雄たけびを上げながら一歩後ろへ後ずさる。
一瞬で高く飛び上がったテオドールが熊の首めがけて剣を一線に振るった。
熊は声を上げることなく全身が氷で覆われ、一瞬にして砕け散り塵となった。
数秒の出来事に、レティシアは瞬きもできず魅入っていた。
テオドールは振り返ると八重歯を見せてにかっと笑う。
「やっぱ魔物だったな!」
クロードは隣で静かに剣を納めた。
クリスタは緊張を解いて、息を吐きながら座る。
「この道、あんな大物が出るようなとこでしたっけ?アリスの父ちゃんも心配になりますね」
クリスタは困った顔をしながら言った。
「こっちの方にも討伐に来た方がいいよな~、なあクロード…」
テオドールが荷馬車の方へ歩きながらクロードへ話しかけようとした時、突然二人の横から黒い何かが横切った。
レティシアが数秒後目にしたのは、木に叩きつけられて気を失うテオドールとクロード。
そして、血走った目でよだれを垂らした屈強な男だった。




