第28話 赤煉瓦色の瞳の奥
テオドールとも話をするため、ライオネルと共に訓練所を訪れたレティシア。
テオドールの想いも聞いたライオネルは漁場へ行くことを許可する。
訓練所の入り口まで戻る間、ライオネルとレティシアの二人の間に会話は一切ない。
レティシアは小さな体で、どんどん歩いていくライオネルの背中を必死に追う。
目の前を歩くこの人物は王になったら自分を殺す相手、そう分かってはいながらも、レティシアは今日のライオネルにどこか親しみを感じていた。
―最初の時よりちょっと印象変わったなぁ
いつも冷徹で冷静な皇太子の背中が、レティシアには年相応の少年の背中に見えた。
前を歩いていたライオネルが突然立ち止まり、レティシアはそのまま彼の背中に勢いよくぶつかって尻もちをついた。
ライオネルが振り返って床に転がったレティシアを呆れた顔で見た。
「何やってる…」
「あらあら姫様~お怪我はありませんか~」
エマが転んだレティシアに近寄ると丁寧に抱きかかえた。
どうやらもう訓練所の入り口まで来ていたようだ。
「エマ、私は戻る。ギルのやつを鍛えてやらなければ」
ライオネルは腕を組みながら淡々と言った。
「程々にして差し上げてくださいね~」
エマは微笑みながら言うと、レティシアを抱えたまま出口の方へ向かう。
「エマ」
ライオネルがエマを呼び止めると、彼女はゆっくりと振り返った。
「お前も漁場について行くことはできないか?」
ライオネルの質問の後、数秒間の沈黙が流れた。
エマに抱えられているレティシアには彼女の表情が見えない。
「考えておきますね~」
エマはいつもの声色で答えると、そのまま出口へと歩き出した。
一方その頃、訓練場ではテオドールとギルバートが向かい合ってぶつかり合っていた。
テオドールの手には青色で統一された実剣が握られているが、ギルバートは細く短い模造刀を持っている。
テオドールが一方的に剣を振るっているように見えるが、ギルバートは笑顔を崩さず全ての斬撃を綺麗に受け流している。
「王子、肩に少し力が入っていますよ」
ギルバートはそう言うと、テオドールの剣をひらりとかわして彼の肩を軽く押した。
その瞬間テオドールはあっという間にバランスを崩し地面に倒れ込む。
すぐに立とうと剣を握りなおしたとき、ギルバートの剣先がテオドールの首筋に突き付けられた。
「今日はここまでにしましょう」
ギルバートの言葉に不満げな顔をしながらも、テオドールはゆっくりと立ち上がった。
「余裕そうだな、ギル」
いつの間にか戻ってきていたライオネルが不敵な笑みを浮かべながら立っていた。
「殿下、言っておきますが魔法は…」
「無しで、今日はお前を笑えなくしてやる」
ライオネルはギルバートの言葉にかぶせるように言うと、傍らに置いてあった自らの剣を握る。
「怖いなぁ、それでは失礼して…」
ギルバートは飄々と笑いながら模造刀を端に置くと、自らの腰に下げている剣の柄に手をかけた。
アルキオネ宮に戻ってきたレティシア達は、レイモンドに事の次第を話した後、庭でゆっくりお菓子を食べていた。
レティシアがミーナの記憶が戻った時、最初に見た荒れ果てた庭の姿はなく、今はもう綺麗に整えられている。
「なんとかなって良かったですね!姫様」
クリスタがレティシアの隣でニコニコしながら笑っている。
エマはティーポットから小さな白いコップに丁寧に紅茶を注ぐと、レティシアの前に優しく置いた。
「また、レティとクリスタと王子とクロードで行くのかな、エマは…」
レティシアは口をもごもごさせながらエマをちらりと見た。
エマは両手を前に添えながら微笑んでいる。
彼女の瞳がゆらゆらと揺れる。
「エマも行くの?レイじい泣いちゃうんじゃない?」
クリスタがレティシアからお菓子を一つ受け取りながら、何気なく言った。
「マリアンヌ様、もう数日で戻るそうよ~」
エマは微笑みながら言うと、レティシアに近づいてお菓子を一つ受け取った。
「ならエマもいたほうがあたし的には安心だな~」
クリスタはお菓子を一口で頬張りながら言った。
「そうね~姫様に決めてもらおうかしら~」
エマはお菓子に小さくかぶりつくと、微笑みながらレティシアを見た。
レティシアは彼女の瞳の奥に少しだけ悲しみの色が見えた気がした。
―エマは、外に出たくない理由があるのかな
クリスタの一件の後、エマもレイモンドもライオネルとの繋がりを隠す気は無くなった。
分かった上で皆、前と変わらず過ごしている。
クリスタのようにエマにも何らかの事情がありそうだが、レティシアは彼女に越えられない心の壁を感じていた。
レティシアはエマの事が好きだ。
彼女がレティシアの髪を毎朝梳いてくれる時、いつもの微笑みから優しさを感じていた。
―今回の事をきっかけに、少しでもエマが心を開いてくれれば…
レティシアは覚悟を決めたようにエマを見つめた。
「レティはエマにも一緒に来て欲しいな」
エマはレティシアの答えを聞くと、いつものように微笑んだ。




