第26話 強気な挑戦
テオドールたちと一緒に再び市場を訪れたレティシアは、アリスの話を聞いて動物問題と漁場の問題は切り分けて解決すると決めた。
アルキオネ宮に戻ったレティシアが次にすることは…
アルキオネ宮の執務室。
綺麗に整えられた紙束が並ぶ机を挟んで、レティシアはレイモンドと真剣な顔で向かい合っていた。
「だからお願い、レティを直接行かせて!」
両手に腰を当てながら力いっぱいの声で叫ぶレティシアを、レイモンドは困り顔で見ている。
「しかし姫様、パゴス宮への立ち入りは殿下より禁じられていますぞ」
レイモンドは綺麗に整えた自らの顎髭をさすりながら答えた。
「でも、レティが直接お話しないとダメなの!忙しくて来れないならレティが行くから!」
レティシアは机に近づき、両手でバンバン机をたたきながら駄々をこねるようにレイモンドへ詰め寄る。
レイモンドはレティシアの圧に少しひるみながらも、首を縦には降らない。
「失礼します~」
すると、執務室のドアを音もなく開けながらお茶を持ってきたエマが入ってきた。
エマはレイモンドの横にお茶を置くと、詰め寄っているレティシアを見て微笑んだ。
「姫様、私がパゴス宮へお連れしましょうか~?」
「エマ...」
突然のエマの提案に、レイモンドがすかさず断りを入れようとして立ち上がるが、彼女の深い赤煉瓦色の瞳に数秒見つめられると、肩を落として静かに座りなおした。
「姫様、このレイモンドはマリアンヌの不在で手が離せません故、くれぐれもエマから離れることが無いようにお願いいたしますぞ」
レイモンドは珍しく頭を抱えながらそう言った。
「やったー!ありがとうレイモンド!エマ!」
レティシアは飛び跳ねながら喜んでその場で一回転すると、執務室の扉に駆けて行った。
「はやく行こ!エマ!」
エマはレティシアを微笑みながら見て頷いた。
レティシアはアルキオネ宮とは全く異なる雰囲気のパゴス宮に興味津々だった。
荘厳な銀色と白で整えられた景観は、いかにも氷の皇太子の住みかといった様子だ。
途中でレティシアは、パゴス宮の人の少なさに気が付いた。
―侍女が一人も見当たらない…
廊下に分かれ道が来る度に覗いてみるが、侍女どころか兵士もいない。
「ねぇエマ、パゴス宮には侍女がいないの?」
レティシアは隣を歩くエマに話しかける。
「最低限しかいないそうですよ~、兵士も基本は外を守る分しか配置してないとか~」
エマはレティシアに優しく微笑みかけながら答えた。
―なんだか寂しいところだ…
レティシアはライオネルの事を嫌っているわけではない。
意外と話を聞いてくれるし、彼の言っていることは基本的には正論である。
素直に謝ってくれたことや、テオドールに向ける顔を見れば、クリスタの言う通り心根は優しいのだろう。
今までのライオネルの言動をレティシアは思い浮かべながら、だからこそ自分の母が何をしたのかが気になって仕方なかった。
レティシアが考え事をしているうちに、二人はパゴス宮の執務室の扉の前に到着した。
ライオネルは一つの手紙を読みながら、顔を引きつらせながら頭を抱えていた。
「ギル、どう思う?ヴァレリアは正気か?」
手紙を両手で遠くに離しながら目を細めて嫌そうな顔をするライオネルを、ギルバートはパンを口にくわえながら見ている。
「抜け目ないですね~ヴァレリアさん」
どこか他人事のように言いながら、パンをむさぼり続けている。
「ギル、いい加減僕も怒るぞ、ほんとに」
ライオネルは手紙を机に叩きつけると、ギルバートのパンを奪おうと彼に飛び掛かった。
「やめて~今日この後王子と訓練なのに~僕の腹ごしらえ~」
ギルバートはライオネルと取っ組み合いながらも、どこか楽しそうに笑っている。
「殿下~エマです~入ってもよろしいですか~」
扉をノックする音と共に、取っ組み合っている二人はそのまま動きをピタリと止めた。
「入れ」
ライオネルは一度咳払いをして答えると、何事もなかったかのように机の椅子に着いた。
扉を開けて入ってきたエマが、着崩れたギルバートをみて思わず鼻で笑う。
「エマさん?!なんで笑ったんです?!」
ギルバートは飛び上がりながら顔を真っ赤にした。
彼が飛び上がった拍子にできた風が机の上の手紙を動かし、ライオネルの顔にぺたりと貼り付いた。
「ギール、追い出すぞ」
手紙が貼り付いたまま言うライオネルの声色は、地獄の底から這いあがってきたもののように恐ろしかった。
「すいません、殿下…」
ギルバートは縮こまりながら言うと、床に正座した。
ライオネルはため息をつきながら自分の顔に付いた手紙を剥ぎ取り、目の前を確認した。
彼のエメラルドの瞳に、小さな姫の姿が映る。
「なんで連れてきた?!」
ライオネルは勢いよく立ち上がりながらエマを見た。
「姫様が直接殿下とお話したいと言うので~」
エマはいつものように微笑みながら答える。
「許可した覚えはないぞ!」
ライオネルは苛立った声で言うと、レティシアを鋭い視線で睨んだ。
―さすがに追い出されるかな
レティシアは心の中で少し不安になりながらも、勇気を出して一歩前に出た。
「市場の問題のことで、すっごく大事な話があったので」
ライオネルは腕を組みながらレティシアの事を数秒いぶかしげな目で見る。
短くため息をつくと、再び椅子に乱雑に座った。
「クロードから報告は受けているぞ、動物狩りの仕事はこちらで進めるから問題ない。他に何がある?」
眉間にしわを寄せて苛立ちながらも、ライオネルは話し始めた。
「漁場の事を解決したくて、行ってこの目で見てみたいんです!」
レティシアは少し前のめりになりながらも、ライオネルをまっすぐ見据えて答えた。
レティシアの言葉を聞いたライオネルは、鋭い視線でエマを見た。
「こいつに教えなかったのか?」
「聞かれませんでしたので~」
エマは一切動じることなく微笑んだまま答える。
ライオネルは再び目の前の小さな姫に視線を戻す。
「魔法が使えないお前が、王都を出ることは不可能だ。大体…」
「レティ知ってます!魔物の事くらい!」
レティシアはライオネルの話を遮るように言い放った。
ライオネルの表情がピタリと止まる。
レティシアは更に一歩前に出てライオネルを見つめた。
「テオドール王子に一緒についてきてもらいたくて、今日は殿下にお話に来ました!」




