第20話 無機質な王妃
レグラント王国の抱える大きすぎる問題になすすべもなく帰ることになったレティシアたち。
一方その頃、ライオネルの住むパゴス宮では…
レティシア達が市井から戻って数時間後。
ライオネルはいつものように、パゴス宮の執務室で書類仕事に追われていた。
「殿下、失礼いたします」
重々しい執務室の真っ白な扉を、優しい声色の男性がノックした。
「入れ」
ライオネルは書類仕事の手を止めることなく答える。
扉を丁寧に開けて入ってきたのは、少し緑掛かったグレーの長髪を後ろで耳より下に束ね、眼鏡をかけた男性だった。
「相変わらず、今日もお忙しい様子ですね」
優しく語りかける彼のグレーの切れ長の瞳は、どこかまっすぐとしていて芯が通っている。
内政官の服装をしているが、それにしては若い、30代前半くらいの容姿をしている。
「追加の仕事か?フローリアン」
ライオネルは手を止め、彼の顔をまっすぐ見ながら尋ねた。
「残念ながら王妃様がお呼びです。ところで…」
フローリアンはそう答えると、ライオネルの隣で立ったまま焼き菓子をばりぼりと食べるギルバートに視線を向けた。
「ギルバート君は、暇なんですか?」
「今日は特にすることもないので」
ギルバートは口をもごもごしながら答える。
「ギル、後で覚えてろ」
ライオネルはギルバートをじろりと睨んだ。
レグラント王国の主殿は、パゴス宮の隣に位置している。
二つの建物は100mほどの廊下で繋がっており、外へ出ることなく行き来が可能だ。
主殿の全ての廊下には、数十メートルごとに均等に兵士が配置されている。
ライオネルは後ろにギルバートを連れて、顔色を一切変えずに廊下を堂々と突き進む。
ライオネルが前を通り過ぎると、配置された兵士たちがその場で頭を下げた。
もう少しで謁見の間の扉に到着するという時、ライオネルの後ろから廊下をドタドタと走る音が近づいてきた。
「に!い!さ!まっーー!!!」
声と同時に、ぴょーんと飛び跳ねた濃い紫色のツンツン髪の少年が、ライオネルの後頭部に抱きついた。
いつも冷徹なライオネルの表情が、とても柔らかくなる。
「テオ、はしゃぎすぎるとクロードに叱られるぞ」
ライオネルは抱きつく少年を優しく引きはがしながら、少年のキラキラ輝くエメラルドの瞳を優しく見つめながら言った。
「へへへ、久しぶりに会えたから」
少年がにかっと笑いながら言う様子は、主人を見つけて飛び込んできた犬のようだった。
「テオドール王子、廊下は走るものではありません」
少年の後ろから、濃い緑の髪をした清潔感溢れる騎士が歩いてやってきた。
彼はライオネルを見つけると、厳格な様子で敬礼をする。
「殿下、ご挨拶申し上げます」
そしてすぐに隣にいるギルバートを睨みつけた。
ギルバートはクロードに睨まれ、気まずそうに視線を逸らす。
「クロード、テオも母上に呼ばれてきたのか?」
ライオネルはそのクロードと呼ばれた、水色の瞳がギラギラと光る騎士に質問した。
「はい、そのように仰せつかっております」
クロードは丁寧に頭を下げる。
「じゃあ一緒に行こうか、テオ」
ライオネルはテオドールに優しく話しかけると、再び歩き出した。
「うん!」
テオドールは目をキラキラ輝かせながら、ライオネルの隣を歩いていく。それぞれの騎士は、それぞれの主人の後ろをついていった。
二人の王子は二人の騎士を連れて、主殿の謁見の間に足を踏み入れた。
「良く来ましたね」
入って正面の上段に置かれた王座。
そしてその隣に座っている女性。
彼女こそが前オズワルド王の妻であり、現在王妃として代わりに王政を握っている、エレオノーラ・レグラント王妃殿下である。
彼女の濃い紫の長い髪はとても美しく煌びやかだが、青い瞳はどこまでも冷たい。
4人は片膝をつき、頭を下げた。
「顔を上げなさい」
彼女の口調の冷たさは、愛する息子たちに向けられるものとは到底思えない。
「正式に、姫の嫁入りの話が決まりました」
唐突な知らせを聞いた二人の王子の表情に変化はない。
「それにあたって、先方が姫の4歳の誕生日にこちらに滞在することになりました」
エレオノーラは感情を全く感じさせない様子で続ける。
「まだ時間はありますが、ライオネル。あなたは早急に国民の貧困問題を解決なさい。そして、テオドールは見習いの騎士たちの手本となるよう、より一層剣術に励みなさい」
「「承知いたしました」」
王子たちはそろって頭を下げて答えた。
「下がってよろしい」
エレオノーラは一言だけ言うと立ち上がり、王子たちを一度も見ることなく奥の部屋へ消えていった。
王妃が去った後、王子たちは謁見の間を出て再び廊下を歩く。
4人の間に会話はない。
「兄さま…」
テオドールが何かを言いかけた時に、廊下の隅に立っているフローリアンに気が付いて一同は立ち止まる。
「どうした?」
ライオネルがフローリアンに話しかける。
「エマから報告がありました。アルキオネ宮にお越しくださいとのことです」
彼は優しく微笑んで報告すると、テオドールに会釈をしてから静かに去っていった。
「ギルバート、向かうぞ」
ライオネルは前を向いたまま後ろのギルバートに声をかけると、再び歩き出そうと足を一歩前に踏み出した。
「兄さま!」
テオドールはとっさにライオネルの片手を取り、引き止める。
「どういうこと?!アルキオネ宮って、あいつがいるとこでしょ!」
テオドールは掴んだ手を両手で必死に揺さぶりながら言う。
「なんで?!会ったってこと?」
テオドールの体が震えだし、今にも泣きだしそうな表情になる。
ライオネルは気まずそうに俯いたまま答えない。
「オレも連れてかなきゃ、行かせないからね!」
テオドールは涙を流しながら叫んだ。




