第19話 大きすぎる問題
レティシア達が訪れたのは、かつて賑わっていた市場。
見る影もなくなった理由を、市場で少し生臭い魚を売っていた少女"アリス"から聞いた。
レティシア達は市場から少し東に歩いたところに位置している森の入り口付近に来ていた。
アリスの話によると、2年前のガルディニア帝国との戦争によってフェルドの難民が大量にレグラント王国に逃げてきたが、首都付近には住めるところが無く、皆海の近くに住んで漁業を営み始めたとか。
それによって今まで漁師として生業をしてきたアリスのような人たちが、魚を捕ることのできるエリアが減った。
一度に捕れる量が減ったため、頻繁に往復する事ができなくなり、魚の鮮度も落ちる。
おまけに何故か市場の東にある森の動物たちが急激に増えて、食べ物を求めて市場の品物を盗み食いしに来るようになった。
国民たちも困窮していて魚を買いに来る人も減り、悪循環に陥っているとのこと。
「ぱっと見入り口付近に変わった様子はないですね」
クリスタが森の中を覗き込みながら言った。
―森の動物はどうして増えたの…
レティシアはマリアンヌに"ガルディニア帝国領フェルド"について、歩きながら事の詳細を聞いた。
しかし、レティシアには森の動物問題と結びついているとは到底思えなかった。
フェルディナンド公国。
レグラント王国の北に位置する国。
国境沿いには厳しい渓谷があり、いわゆる天然の国境線になっている。
渓谷を抜けると、そこには豊かな草原地帯が広がる。
果物を盛んに栽培している国で、さわやかな風が吹く気持ちの良い国だ。
ミーナはフェルディナンドの雰囲気も食べ物も本当に大好きだった。
ガルディニア帝国。
レグラント王国の北東に位置する火山を挟んで向かい側にある比較的新しい国。
火山はこの大陸全体の真ん中にあり、非常に険しく麓の道以外を通ることはできない。
そのためレグラント王国から行こうとすると、そのルートはかなり厳しく危険な道のりとなる。
実力主義の武力国家で情勢が安定していないため、ミーナの時にガルディニアに滞在して商売をすることは無かった。
ただ、ガルディニア帝国を通らなければ、さらに北の獣人たちが住む砂漠の国々に行くことができないので、しぶしぶ通っていた。
ミーナはガルディニア帝国内の雰囲気をあまり好きではない。
正直、通らなくて良いならばライとミーナにとって通りたくない国であった。
マリアンヌ曰く、2年前にガルディニア帝国がフェルディナンド公国に戦争を仕掛けて、あっという間に首都を陥落させた。
その戦争で逃げてきた人々がレグラント王国内にたくさんいる。
フェルディナンド公国は北と西は海に囲まれ、東がガルディニア帝国、南東に火山があるため、逃げるには南の渓谷を通ってレグラント王国に来るしかない。
―そんなことになっていたなんて
レティシアは話を聞いてとてもショックだった。
自分が転生して記憶が戻るまで、大陸中で大きな動きが起こっている。
特に戦争は、商売に大きく影響する。
アリスがあんな様子になるのもレティシアには理解できた。
そして追い打ちをかけるように原因不明の動物増加。
国民のために仕事を作ると息巻いていたレティシアは、この国の問題の大きさに心が折れそうだった。
「姫様、今日はもうお城に帰りましょう」
悲しい顔で森を眺めながら立ちすくすレティシアにマリアンヌがそっと話しかける。
「そう、だね」
レティシアは悔しさでいっぱいになりながらも、来た道を振り返りアルキオネ宮への帰路についた。
アルキオネ宮に帰る最短ルートは、再び市場の近くを通ってレンガ作りの建物群に入り、あの賑わっている露店街をぬけ、人通りの少ない草原の丘から帰るルートだ。
レティシア達が市場の近くを通るとき、最初に会った男性がまた何かを運んでいた。
男性は3人に気が付くと、運んでいた物をその場において駆け寄ってきた。
「いた、いた!ちょっと待っててくだせぇ」
そう言って引き留めると、市場の中の方に駆けていき、数分もせずに別の箱をもって帰ってきた。
そして持ってきた箱を差し出す。
「どうぞ、お代は高いですが買っていきますかい?」
レティシアが箱の中を覗くと、あの市場では見かけなかった新鮮でおいしそうな魚が入っていた。
「お得意様用にとっておいたもんですが、どうやら今日はもう売れなさそうだとのことで」
レティシアは太陽の光に照らされてキラキラ輝く一匹の魚をじっと見つめる。
―兄さんの好きなお魚…
レティシアはマリアンヌのローブの袖を無言で引っ張った。
「ありがとうございます。いただきますね、おいくらでしょう?」
マリアンヌはレティシアの意図を理解し、男性に歩み寄った。
男性はマリアンヌだけに聞こえる声でニヤリと笑いながら金額を告げる。
男性から提示された金額に一瞬に固まりながらも、意を決して財布の口を開けるマリアンヌ。
「まいど!」
男性は豪快に笑いながらお金を受け取ると、魚の入った箱をレティシアに優しく受け渡した。
「お嬢様、あたしが持ちますよ」
クリスタが箱を持つのを変わろうと歩み寄ったが、レティシアは首を振って断る。
「ありがとう、またね」
レティシアは男性に微笑みながら感謝を述べると、箱を両手で大事そうに抱えて歩き出した。




