第九話:夕闇のレイヤーと十三番目のトラップ
新学期のピンク色のノイズを蹴散らしながら、俺、博雅、道満の三人は、旧校舎の廊下から二階の西階段セクターへと向けて全速力でスプリント(急行)していた。
「晴明、博雅! 走りながらでええから、今から向かう『放課後の十三階段』のバグ仕様(怪談内容)を頭にインプットしときぃ!」
並走する道満が、戦闘用コートの袖を激しく翻しながら、必死にノートのログをデコード(説明)し始める。
「あの階段はな、普段はきっちり十二段しかないねん。せやけど、黄昏の逢魔が時――まさに今の時間帯の一瞬だけ、存在せえへんはずの『十三段目』が最上部にレンダリング(出現)されるらしいねん! 知らずにそこを踏んだ生徒はな、この学園の地脈の底に眠っとる過去の怨霊セクターへバックドア経由で強制転送(神隠し)されて、二度と戻ってこれんようになるんや!」
「……なるほど、ハナコさんの空間隔離エラーの階段版ってわけかよ。やりたかないねー、ホンマによー!」
俺が毒づきながら西階段のドメインへログイン(到着)した、その瞬間だった。
オレンジ色と夜の黒が混ざり合う、一日のうちで最も電波の悪い残光の奥、そこに最悪な光景がレンダリング(展開)されていた。
「――ひっ、嫌や……足が、動かへん……っ!」
「誰か、助けてやッ!!」
階段の踊り場では、制服を泥のような黒い氣のノイズに絡め取られた新一年生のグループが、パニックを起こしてエラーログ(悲鳴)を吐き散らしていた。
奴らの足元、道満の説明通りコンクリートの階段の最上部に、歪んだテクスチャの隙間から、おぞましい怨霊の残響を放つ『十三段目』が不気味に完全出現しやがっていたんだ。
十三段目の奥からは、酒井(シュン兄)という巨大なファイアウォールを失って暴走を始めた、この土地の古い怨霊たちのどす黒いトラフィックが、触手のように新入生たちの身体を闇へと引きずり込もうと貪欲に蠢いていた。
「博雅、不用意に突っ込むなよ! 前回のハナコさんのログを忘れたわけじゃねえだろ!」
俺が鋭いクエリ(警告)を飛ばすと、博雅は並々ならぬ黄金の氣を両拳に滾らせながらも、グッと踏みとどまって頷いた。
「分かってる、晴明! 有世、スキャンナビを頼む! ゲートのコア(脆弱性)はどこだッ!」
「解析中……ダメです、怨霊のノイズが多重上書き(マルチアクセス)されていて、外側からのハックが弾かれます! 晴明先輩、このままでは新入生たちが完全にデリートされます!」
生徒会室の回線から、有世がタブレットのキーを叩きながら悲痛なログを飛ばしてくる。
タイムラインの猶予はあと数秒。新一年生の足が、ズルリと十三段目の奈落へと滑り落ちかけていく。
「……はぁ、マジかよ! 一服する猶予もくれへんのかよ!」
俺はジッポの蓋をパチンと閉めると同時に、右手の指先だけで一瞬にして複雑な印を連続コンパイル(結印)した。外側から防壁を解読できねえなら、強引に回線をねじ曲げて、あいつらのログを直接引っ張り上げる(サルベージする)しかねえんだわ。
「――行くぞ、道満、博雅! 怨霊セクターに引きずり込まれる前に、力ずくでゲートの同期を焼き切るぞッ!!」
俺の咆哮を合図に、夕闇の西階段で、第二の不思議との本格的なデバッグ戦闘の火蓋が切って落とされた。




