第八話:フォックス・テイルの午後と十三番目の予兆
旧校舎のハナコさんエラーを強制終了した日の、放課後。
俺たちは新学期のピンク色のノイズから逃れるようにして、ホームグラウンドである喫茶「フォックス・テイル」へとログイン(帰還)していた。
「おばちゃん、苺タルトごちそうさま。新入生の噂スキャンするのに最高のリソース(糖分)やったわ!」
カウンター席で、道満がいつものあざとい笑顔でおばちゃん(母ちゃん)に御礼のパケットを同期(送信)する。母ちゃんは「あらあら、うふふ。晴明たちが役に立ってくれたなら良かったわ」と、エプロン姿でいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべていた。
俺と博雅は、その珈琲の香りを背中に浴びながら、トントンと木製の階段を上がって二階の『探偵事務所』セクターへと殴り込みをかけた。
ドアを蹴破るようにして中に入ると、案の定、ソファでゴロ寝しながらスマホの動画ログを漁っていたクソ親父が、慌てて起き上がりやがった。
「おい、クソ親父。一階で母ちゃんが店を回しとんねん、お前は二階で何サボり散らかしとんねん」
「いやいや晴明、これでも姫路の事件の後の警察のトラフィック(後処理)をだな……」
「言い訳のソースコードを走らせんな。それより親父、さっきのハナコさんの怪異バグ、霊力の質(エラーの深度)が明らかに通常の怪談レベルじゃなかってんけど」
俺がソファーの対面に気怠く腰掛けると、博雅も真剣な顔で腕を組み、親父の「掃除屋」としての演算回路へクエリをぶつけた。
「泰臣さん。やっぱり、シュン兄(酒井瞬)がいなくなったことと、この学園七不思議のバグは……一本の回線で繋がってるんですか?」
その言葉が出た瞬間、泰臣はそれまでのデレデレした表情を消し、いつもの冷徹なデバッガーの目になってタバコに火を点けた。紫煙を深く吐き出しながら、世界の歪みの本質をデコードし始める。
「……あぁ、間違いねぇ。酒井というチート級のシステム壁(最強の化け物)が消えたことでな、この街の地脈のセキュリティバランスが完全に崩壊しちまってるんだわ。今まではな、奴が存在してるだけで、そこら辺の有象無象のバグコードは起動すらさせてもらえなかった。だが、その抑止力が消去された今、どこの学校にでもある『ありふれた怪談の噂』すらもが、地脈の淀みを勝手に吸い上げて本物の特級エラーにリブートし始めちまう。……これが、今の世界線の本質(仕様)さ」
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマによー。シュン兄、とんでもねえ置き土産(バグの連鎖)を残していきやがったな……」
俺が脳内CPUを冷ますように頭をガシガシと掻いた、まさにその瞬間だった。
ジーーーーーッッッ!!!
俺のポケットの中で、スマートフォンのバイブレーションが、静寂を引き裂くアラートとなって激しく鳴動した。画面に点滅するアドミン名は――『有世』。
通話ボタンをスライドさせた直後、受話器の向こうから、いつもは冷静な有世の、余裕をデリートされた緊迫の音声パケットが飛び込んできた。
『――晴明先輩、緊急コールですッ! 学園のメインサーバー(風紀委員の網の目)から今、最悪な予兆(不穏なログ)が検出されましたッ!!』
「有世!? トイレの次は一体どこのドメイン(セクター)やねん」
『二階の西階段の座標です! 新一年生の一グループが、夕暮れ時のタイムラインを狙って、不用意にも【第二の不思議:放課後の十三階段】のプログラムにアクセスしようとしています! すでに階段のテクスチャの隙間から、空間を侵食する不気味な黒いノイズが点滅し始めていますッ!!』
「――ッ!?!?」
有世のその絶叫パケットが部屋に響いた瞬間、俺と博雅、あるいは一階から階段を駆け上がってきた道満の脳裏に、学園を丸ごとハックしにかかる二つ目の凶悪なエラーコードが不気味にレンダリングされ始めた。
「……はぁ、マジかよ! 一パケットの猶予もくれへんのかよ!」
俺はジッポの蓋をパチンと閉めると同時に、ソファーから気怠く、だけど最高にヒリついたストリートの目をリブートさせて立ち上がった。




