第六十三話:西の祈りと紅蓮の盾
ドス黒い悲鳴を上げて地表へと引きずり出された『最初の依り代』に向けて、晴明は容赦なく左手の純銀のペアリングを突き出した。
「――終わりだ。まとめて消し飛べよ」
晴明の合図とともに、銀の騰蛇がその巨体で依り代を締め上げ、銀の白虎が限界まで溜めた霊力の咆哮をその零距離から爆発させた。
次の瞬間、生田神社の隔離空間全体が真っ白な閃光に包まれ、アザミの仕込んだ忌々しい呪いのコアは、文字通り木っ端微塵に爆破されて消滅した。
東の生田セクター、完全クリア――。
だが、息を吐く暇などストリートには残されていない。
晴明の耳に仕込んだインカムから、有世の管理する電脳タブレットの激しい電子ノイズが走り、画面がザッピングするように次の戦場のデータが頭の中に流れ込んできた。
――場面は一転し、西の重要拠点、長田神社。
そこでは、晴明の相棒でありながら陰陽術を一切使えない高校生――博雅が、背後に迫る新型の怨霊の群れを鋭い眼光だけで威圧していた。
「……チッ、数だけは一丁前に揃えやがって。晴明みたいな便利な術が使えりゃ、一発で片付くんやけどな」
博雅が首の骨を鳴らし、高校生とは思えない不敵な笑みを浮かべる。
その切れ長の瞳と、鍛錬で鍛え上げられた圧倒的な漢前ぶりに、すぐ隣に立つ弓削ちゃんは一瞬で顔を真っ赤にさせていた。
彼女は能力に覚醒したばかりの後輩であり、まだ自分の力に怯えるウブで可愛い女の子だ。だが、博雅の横顔を見た瞬間、その瞳に小さな覚悟の火が灯った。
「ひ、博雅さん……っ! 術式なら、わたしが……わたしが絶対に、博雅さんの盾になりますから!」
弓削ちゃんは震える両手を懸命に前に突き出し、覚醒したての未熟な術式を必死に紡ぎ始めた。
彼女の拙い霊力が編み上げる半透明の防壁は、今にも壊れそうなほど歪んでいたが、それでも博雅の前に広がる戦線を確かに支えようとしていた。
「ハハッ、頼りにしとんで、弓削。……おい、あんたら! 高校生の女の子が命懸けで盾を張ってくれてんだ、極道の面子を潰すような真似はしねえよな?」
博雅が背後を振り返ると、そこには重厚なロングコートを翻した瀬戸の親分と、そのすぐ隣でコートのポケットから静かに両手を出した、晴明の父親であり元掃除屋の探偵――泰臣が冷徹な視線で佇んでいた。
「おう、博雅君。ワシら菱王会の極道が、若いお嬢ちゃん一人に格好つけさせて終わるわけにいかんやろ。……おいお前ら、ハジキの火を絶やすなよ」
瀬戸の親分が低くドスの利いた声で命じた瞬間、精鋭のヤクザたちが一斉に前に躍り出て銃撃を開始した。
同時に、泰臣の指先が流れるような速度で複雑な印を結び、闇のストリートへと突き出される。その術式の密度は、息子の晴明をも凌駕しかねない、冷徹極まる本物の深淵だった。
「――急急如律令。博雅、足元の雑音は俺が消す。お前は前だけを見て走れ」
泰臣の静かな呪詛が弾けた瞬間、博雅を全方位から圧殺しようとした怨霊どもの影が、漆黒の絶対的な縛鎖によって一瞬にして地表へ縫い付けられた。晴明や博雅、道満達三人に掃除屋を引き継ぐまでは掃除屋を任されていた父親としての、圧倒的な戦術フォローだ。
「サンキューな、泰臣さん! 瀬戸の叔父貴、その盾は一枚も割らせねえ!」
博雅が獰猛に笑ってコンクリートを蹴り、高校生ながらも黄金の氣の練り上げ肉体一つで怨霊の渦へと突撃していく。
弓削ちゃんが必死に維持する覚醒したての盾、瀬戸の若い衆たちの容赦ない銃撃、迅速かつ冷徹な晴明の父親・泰臣の陰陽術、そして博雅の拳。すべてが完璧な世代と格付けのロジックで噛み合い、西の長田神社は激しい戦火の渦へと巻き込まれていった。




