第六十話:四つの標的と不敵な号令
有世がテーブルの上に広げた画面には、神戸の地下を走る龍脈がドス黒く変色していく不気味な波形が映し出されていた。
それを見つめる一同の静寂を破るように、クソ親父がハイライトの煙を低く吐き出しながら、その汚れた指先で画面の四点をトントンと叩いてみせた。
「本格的にこの街の封印をひっくり返す気なら、術式の支点となる拠点は東西南北の四つや。東の生田、西の長田、南の和田岬、あるいは北の北野の奥の院……。ここに必ず、薊の奴が仕込んだエグい依り代が隠されとるわ」
「あらあら、うふふ。それなら、その四つの場所を同時に綺麗にお掃除してあげんと、神戸の神様たちが怒ってまうねぇ」
母ちゃんが優しく微笑みながら、空になったお茶の湯呑みをトレイへと回収していく。
九尾の狐としての血脈を持つ母ちゃんのその一言は、ただの天然の台詞に見えて、その四点を同時に叩き潰さなければ術式が完成してしまうという、決定的な仕様を指し示していた。
「――四カ所、同時突入ですか。ですが、私たち新生徒会は四人しかいません。それぞれの拠点に、睦会の残骸やコレクターの化物どもが伏兵を走らせているとなると、戦力が手薄になります」
有世がシャープな瞳のままタブレットのデータを弾き、博雅と道満も、四手に分かれることのリスクに深く眉をひそめた。
だが、その懸念を吹き飛ばすように、ソファに深く腰掛けていた瀬戸の親分が、凄まじい眼光のまま不敵にニヤリと笑いやがった。
「ハル坊、お前ら何を弱気なこと言うとんねん。……よし、掃除屋が四手に分かれて、そのボディーガードにヤクザも手分けして、その四つの拠点を同時にブチ砕きにいくぞ」
瀬戸の親分がテーブルを拳でドンと叩くと、隣に控えていた金原が獰猛に喉を鳴らし、一階의 フロアに張り詰めていた空気が一瞬にして極道の凶暴な熱量へと染め上げられていった。
さらに、テーブルの上のお皿に残ったオムライスをスプーンで掬っていた保憲先輩が「やれやれ、それなら有世のところには僕が付き添うよ。可愛い後輩を放ってはおけないからね」と気怠そうに立ち上がる。
博雅はその言葉に深く頷くと、自身の携帯端末を抜き出し、西の長田のセクターへ向けて、あの13階段の怪異から助けられ、七不思議の締めくくりに生徒会へ入ったばかりの後輩の弓削ちゃんへと直接、招集の電話を掛けた。
陰陽術の使えない自身の術式面での『補佐』を頼むべく、スピーカーから流れてきた弓削ちゃんの声は、日本一の組織の長たちが集まるこの空間の重圧を知る由もないはずなのに、大役にガタガタと激しく震えていやがった。
『ひ、ひえぇぇ……っ! 私が博雅先輩の補佐ですかぁ!? 陰陽師の能力に目覚めたばかりの私が、そんな恐ろしい場所に……っ! で、でも、博雅先輩の背中は、わ、私が死守しますからぁぁ……っ!』
「おぅ、頼りにしてんで、弓削! すぐに迎えの車を回すから準備しとけ」
博雅が不敵に笑いながら通話を切ると、その漢前な声に携帯の向こう側でさらに顔をリンゴのように真っ赤にさせているであろう後輩の姿が、容易に目に浮かんだ。
「お前ら四人には、日本一の菱王会の精鋭たちがそれぞれ何十人も張り付く。加茂家の坊っちゃんも動くんや、弾丸の盾も術の加勢もいくらでも用意したるわ。……ヤクザのやり方と、陰陽師のやり方、お互いの流儀を乗せて、あのクソどもをこのストリートから完全に消し去ったるわ」
「――ッ、ハッ、上等やんけ、瀬戸の親分!」
俺はポケットから五芒星のジッポを抜き出し、掌の中でカチャリと冷たい金属音を響かせながら、親分の凄まじい眼光を真っ正面から見返してやった。
掃除屋は掃除屋として、ヤクザはヤクザとして。
四つの聖域を護るため、俺たち四人と、保憲先輩や電話の向こうの弓削、あるいは菱王会の漢たちはそれぞれの車列へと分かれ、夜の神戸の街へと一斉に滑り出していった。
東の生田へと駆ける俺の足元、五芒星のジッポの小さな火種が夜風に激しく揺れる。
手薄になった神戸のストリートで引き起こされた、東西南北の同時多発カチコミ。
漆黒に染まった神戸の夜空の向こう側、血の匂いを孕んだ乾いた風とともに、これから始まる未曾有の総力戦の火蓋が、四つの街の闇のなかで、激しく、そして容赦なく切って落とされた。




