第五十五話:党首・薊の降臨と路地裏の業火
街灯すら届かない路地裏の闇の向こうから、布擦れの音とともに一人の漢がゆっくりと姿を現した。
身にまとっているのは、この現代の神戸のストリートにはおよそ不釣り合いな、血の匂いを孕んだ禍々しい意匠の漆黒の衣装。
男は自らの長い髪を指先で弄びながら、こちらの網膜を値踏みするように細め、背筋が凍るような歪んだ笑みを浮かべて語りかけてきやがった。
「初めまして、平安の三大英雄の名を継ぎし者たち。私が、あの葛城を裏からそそのかし、さらに姫路の一件から外堀を埋めようとした、コレクターの党首の薊と申します」
芝居がかった手振りと、これでもかと自分に酔いしれたナルシスト全開の口調。
そのあまりに痛々しいスカしっぷりを真っ正面から見せつけられた道満は、それまでの冷徹な微笑を綺麗に消し去り、吸い込まれそうな瞳を極限まで冷たく尖らせながら、小さな声を漏らした。
「……ちょっと晴明、何やあいつ。寒すぎて少し吐きそうなんやけど」
「んー、言いたい事はわかるよ道満。せやけど見た目はただの痛い奴やけど、こいつの放っとる空気、今までの残党とは完全に桁がちゃうわ」
俺はポケットから五芒星のジッポを抜き出し、掌の中でカチャリと冷たい金属音を響かせながら、消えかけた街灯りの向こうで蠢く巨大な影に向けて、鋭い掃除屋の瞳を突き立ててやった。
薊が優雅に指先を弾いた瞬間、路地裏の空間そのものが真っ赤に染まり、これまでの違法呪術の概念を根底から覆すような、網目状の特級結界が俺たちの周囲を完全封鎖したのだ。
同時に結界の奥から這い出てきたのは、怨念そのものが泥のようにドロドロと形を成した、見たこともない新型の怨霊の群れだった。
「ハッ、上等やんけ! 能書きは十分や、そのツラ二度と拝めねえようにブチ砕いたるわ!」
俺は一瞬でジッポでタバコに火を付け、右手に騰蛇の黒紫の業火を限界突破で解放した。
爆音とともに吹き荒れる絶対火力が路地裏の冷気を一瞬で蒸発させ、赤く染まった結界の防壁へと真っ正面から襲いかかる。
「お前ら、遅れを取るなよ! 神戸のストリートをこれ以上汚させてたまるか!」
博雅の怒号とともに、純度百パーセントの圧倒的な黄金の光条が闇を鋭く引き裂き、新型の怨霊どもの胴体を一撃で両断していく。
さらにその傍らでは、クールビューティーな道満が静かにその美しい指先を交差させ、凍りつくような冷徹な瞳のまま、神々の嵐を薊の喉元へと向けて容赦なく解き放った。
新系統の党首が放つ未知の術式と、俺たち掃除屋の三人が繰り出す最大火力の正面衝突。
激しく飛び散る黒紫の業火と黄金の光、割れたガラスを踏み荒らすような神鳴りの爆音のなか、崩壊していく夜のコンクリートが、これから始まる血で血を洗う全面戦争の幕開けを告げるように、俺たちの荒い息遣いを真っ赤に照らし出し始めていやがった。




