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第五十三話:夜のパトロールと気怠いストリート

「ほな、うちらは九州への幹部派遣の仕込みと、瀬戸の親分への報告に戻るわ」


 金原はデスクの上の計画書を大きな手でガシッと抱え上げると、泰臣に不敵にニヤリと喉を鳴らし、そのまま大柄な体躯を揺らしながら探偵事務所のドアの向こう側へと去っていった。

 日本一の看板が本格的に西日本の勢力図をひっくり返しに動く、その冷徹な極道の足音が、軋む階段を伝って一階の闇へと消えていく。


 残された古い部屋のなか、ハイライトの煙がゆっくりと天井へ消えていくのを眺めていると、りお先生が俺たちの前に一歩踏み出し、腕を組んで鋭い怒号を響かせやがった。


「神戸の手薄な隙を狙って表の国家組織や他の血脈が動くなら、今まで以上に荒れるわよ。あんたたち、掃除屋としてストリートの防衛網をもう一度張り直しなさい!」


 そのバチバチに熱い喝がカビ臭い部屋の空間に響き渡り、博雅が「あぁ、りお先生の言う通りやな。手遅れになる前に街の霊的ラインを調べ直さな」と生真面目に拳を握り締めた。


「……ハッ、しゃあないな。おいお前ら、とりあえず夜の街の様子でも見に行くぞ」


 俺はポケットから五芒星のジッポを抜き出し、掌の中でカチャリと冷たい金属音を響かせながら、気怠そうにパイプ椅子から立ち上がった。

 有世もタブレットを小脇に抱えて「了解です」とシャープな瞳を向け、道満もその爛々とした瞳を不敵に尖らせて、俺たちは揃って探偵事務所を後にした。


 ――それから、わずか数十分後。


 防衛網の張り直しという大義名分を背負って夜の神戸のストリートへと繰り出した俺たち四人だったが、気づけば自販機の明かりが怪しく光る裏路地で、全員で冷たい缶コーヒーをすする完全なサボりのタイムラインに突入していた。


「……なぁ晴明、パトロールって言うといて、これただ自販機の前でダラダラしとるだけちゃう?」


 道満が缶コーヒーのプルタブをパキッと軽い音を立てて開けながら、呆れたように苦笑いを浮かべやがった。


「焦んなや道満。これも立派な定点観測っちゅうやつや。有世、そこらへんの気配はどうや?」


 俺が深くタバコの煙を吐き出しながら聞くと、コンクリートの縁に腰掛けていた有世は、画面をスワイプするどころか、ただのんびりと夜空を見上げながら、いつもより少しだけ柔らかいトーンで声を落とした。


「今のところ、目立った異変は一切ありません。……たまには、こういう静かな神戸の夜も悪くないですね」


 博雅も「ほんまやな、あの湾岸の修羅場に比べたら、このぬるい風が最高に落ち着くわ」と、すっかり緊張感の抜けた顔で缶コーヒーを喉へと流し込んでいた。

 ヤクザの九州進出や国家組織の不穏な影をすぐ背後に感じながらも、俺たち掃除屋の足元に流れる、この気怠くて最高に愛おしいストリートの日常。

 割れたガラスを踏み荒らすような激しい戦いを終えた後の、束の間の静寂のなか、五芒星のジッポの小さな火種が夜風に小さく揺れながら、俺たちの荒い息遣いをどこまでも静かに、優しく包み込んでいやがった。

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