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第五十二話:ハイライトの煙と新たなパワーバランス

 トントンと軋む階段を上がりきり、俺が二階の重厚なドアを乱暴に押し開けると、部屋のなかは相変わらずカビ臭い空気と、クソ親父が絶え間なくふかしているハイライトの青白い煙で満ちていた。


 乱雑に書類の散らばる古いデスクの奥、気怠そうに椅子に深く寄りかかっていた泰臣は、俺たち一同が雪崩れ込んできたのを見ても眉一つ動かさず、ただ口元に底意地の悪い笑みを浮かべていやがった。


 ドンッ!!!


 金原が歩み寄るなり、睦会から剥ぎ取ってきた九州進出の計画書を、泰臣のデスクの真ん中へと力任せに叩きつけた。

 その凄まじい質量に、泰臣の灰皿の中で短くなったハイライトの吸い殻が小さく跳ねる。


「へぇ、瀬戸の親分も思い切った真似しとるやん」


 泰臣はハイライトの煙を天井に向けてふぅと吐き出すと、細められた瞳のまま、その厳つい計画書を指先でトントンと叩いてみせた。

 その横顔には、これまでのストリートのパワーバランスが、この瞬間を境に完全に塗り替えられたことを一瞬で見抜いた、老獪な探偵の顔が張り付いていた。


「本格的に九州へ進出するっちゅうことは、それなりの大物幹部を何人もあっちに送り込まなあかん。そうなれば当然、この神戸の足元が手薄になる。そこを狙って、今まで息を潜めとった阿呆どもが乗っかってくるのは目に見えとるわ。……そうやろ、保憲くん」


 泰臣が視線を向けた先、部屋の隅のパイプ椅子にいつの間にか腰掛けていた保憲先輩は、相変わらず計算高そうな薄笑いを浮かべたまま、静かに頷いてみせた。


「その通りだよ、泰臣さん。加茂家としても、菱王会が西日本の勢力図をひっくり返すのは想定内だけどね。……問題は、今回の睦会の一件で、表の国家組織や他の陰陽師の血脈が、この神戸を明確に危険な場所としてマークし始めたことさ」


「――ッ!?!?!」


 保憲先輩のその冷徹な言葉が探偵事務所の空間に響いた瞬間、博雅と道満の背中に、再び冷水を浴びせられたような最悪な戦慄が走り抜けた。

 有世もタブレットを胸に抱き締めたまま、そのシャープな瞳の奥に、これからのストリートに訪れる混沌を幻視したように息を呑む。


「……ハッ、上等やんけ。どこの誰が乗り込んできやがろうと、俺たち掃除屋がやることは一つしかないやろ」


 俺はポケットから五芒星のジッポを抜き出し、掌の中でカチャリと冷たい金属音を響かせながら、クソ親父と保憲の二人の視線を真っ正面から掃除屋の瞳で見据えてやった。


 ヤクザの九州進出、国家規格の加茂家の思惑、そして新たな怪異の予兆。

 カビ臭い探偵事務所の窓の向こう側、完全に勢力図を塗り替えられた神戸の夜のストリートが、血の匂いを孕んだ乾いた風とともに、俺たちの足元をさらに深く、底なしの深淵へとじっと引きずり込もうとしていやがった。

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