第五十一話:オムライスの貸しと二階への階段
「まぁいいさ。今回の件、貸し一つにしておくからね」
保憲先輩はそれまでの底の知れない黒い瞳から一転して、気怠そうに俺の肩から指先を離すと、テーブルの上に置かれていた母ちゃん特製のオムライスへと猛然とむしゃぶりつきやがった。
国家規格の陰陽師部隊を動かして博多の街をひっくり返してきた漢が、スプーンを片手にガツガツと飯を口に運んでいる。
その様子を横で見ていた博雅と道満は、呆気にとられるどころか、「相変わらず保憲先輩は、晴明の母ちゃんのオムライスの前やと形無しやな」「ほんまやね、あの喰いっぷりは旧生徒会の頃から1ミリも変わっとらんわ」と、互いに苦笑いを交わしながら生温かい視線を送っていた。
カチャアンッ!!!
まさにその時、フォックス・テイルの木製のドアが勢いよく跳ね上がり、表のストリートからクタクタになった姿のりお先生が、いつもの怒号を店内に響かせながら怒鳴り込んできた。
学校の職員室で残された焦げ跡の言い訳をすべて押し付けられ、今しがた店へと辿り着いた怒りの形相のまま、俺たちの座るテーブルへと一直線に突進してきやがる。
「ちょっとあんたたち! 職員室の片付けを丸投げしといて、店で何サボってんのよ!」
「ハッ、相変わらず賑やかな店やな、ここは」
金原はオムライスに夢中な保憲先輩とりお先生の剣幕を交互に見ながら、不敵にニヤリと喉を鳴らした。
だが、その厳つい手元にある書類の束――睦会を叩き潰して手に入れた九州進出の計画書は、これからの裏社会の勢力図を完全に書き換えるだけの重たい質量を放ったままだ。
「――りお先生、申し訳ありません。ですが、これからこの街のストリートと、私たち新生徒会の今後の距離感に関わる、とても重要な話し合いが必要なのです」
有世がシャープな瞳のままタブレットを胸に抱え、金原の持ってきた情報を見据えながら厳かに言った。
日本一の組織である菱王会が九州へと根を張り、俺たち掃除屋がこの神戸でどう動くべきか、その答えを出せる漢はもう一人しかいない。
「……ハッ、しゃあないな。おいお前ら、上のクソ親父のところに書類持って移動すんぞ」
俺はポケットから五芒星のジッポを抜き出し、掌の中でカチャリと冷たい金属音を響かせながら、ゆっくりとソファから立ち上がった。
オムライスを瞬く間に平らげた保憲先輩も「お腹も膨れたことだし、僕も付き合うよ」と気怠そうに腰を上げ、金原やりお先生、あるいは俺たち四人は揃って喫茶店の奥にある階段へと向かった。
トントンと軋む音を立てる階段を一段ずつ上がり、ビルの二階――泰臣の探偵事務所へと続く重厚なドアを目指す俺たちの足音。
九州での嵐のようなカチコミを終え、再びこの神戸のストリートで絡み合い始めた男たちの因縁が、消えかけた夕闇の向こう側で、次なる不穏な熱量とともに俺たちの行く末をじっと呼び戻していた。




