第二十五話:リフレクション・バグと死に顔のレンダリング
昼休みの喧騒から完全に隔離された旧校舎の最深部は、カビと埃の匂いに混ざって、肌がピリピリと痺れるようなおぞましい黒いノイズがバチバチと大気中で弾け飛んでいた。
廊下の突き当たり、壁に据え付けられた大きな二枚の姿見。
普段は何の変哲もないその鏡が、今は完全に向かい合わせ(合わせ鏡)の配置に書き換えられ、無限に続く鏡面の奥へと、どす黒くも冷たい霊気のトラフィックを光のパケットみたいに高速ループさせていやがった。
「――晴明先輩、ここです! この合わせ鏡の無限ループの奥底から、地脈そのものを全否定するほどの特大のエラー波形が噴き出しています!」
有世がタブレットの画面を血相変えて叩き、現場の座標ログを俺たちに同期する。
博雅が黄金の氣を両拳に滾らせ、道満がさっきの戦闘で汗ばんだ手を鋭く交差させて九字切りの待機モードに入るが、俺たちの網膜のスキャナーが、その合わせ鏡の鏡面を真正面からスキャン(視認)した、まさにその瞬間だった。
「――っ、なん、やこれ……っ!?」
道満の喉から、これまで聞いたこともないような戦慄の音声ログ(悲鳴)が漏れ出た。
博雅の全身の黄金の氣が、あまりの不条理な視覚パケットを受信したせいで、瞬時に霧散して完全にフリーズしちまっていた。
無限に連なる合わせ鏡の、すぐそこ――三枚目と四枚目のリフレクション(鏡面)の奥。
そこにレンダリング(出現)されていたのは、どこぞの怨霊や化け物のテクスチャなんかじゃなかった。
朱雀による「死に戻り」――。
事故や他殺による死ならまだしも、自らの意志で命を絶って発動させた場合の制約は、呪い(システム)そのものを破壊するほどに重い。俺の魂はあの時、永遠に癒えない傷を負い、今も「バグ」を抱えたまま無理やり動いている。
博雅が、信じられないものを見るように目を見開く。
鏡面の奥、泥水に映るようにレンダリングされた「自害する俺」を真っ正面から捉え、道満が呼吸を忘れたように固まった。
一年前のあの土蜘蛛と戦った時、俺たちの過去の全滅ログ、そして真実として、すでにこいつ(晴明の自害)を見てすべてを知っている。
知っているはずなのに、何回見せつけられても、胸の奥のメモリが消去されかけるほど最悪に嫌な気分が脳内を駆け巡りやがるんだ。
俺が今ここにいるのは、奇跡なんかじゃない。
二人を生き返らせるために、自分を一番汚い形で壊した「成れの果て」だ。
その、俺たち三人の魂に深く刻まれた最悪な過去のバグ(自害ログ)が、酒井(シュン兄)という巨大な防壁が消えた途端に、世界の歪みのラスボスコードとして鏡の奥から鮮明に這い出てきやがったんだわ。
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマによー……」
あのメリケン波止場での自傷行為の残響を見せつけられ、俺の魂の『癒えない傷』が肉体ごと激痛を主張し始める。
驚きと気怠さを通り越して、俺の脳内OSの全回路が、底なしの絶望ノイズで完全にフリーズを起こしかけていた。




