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第二十二話:ブラッド・ティアーズと狂気の上書き

 北校舎三階、美術室。俺たちがそのドメインのドアを力ずくで蹴破ってログイン(到着)した瞬間、網膜のOSが捉えたのは、およそ日常の学園生活とはかけ離れた最悪のエラー画面だった。


 部屋の奥、イーゼルの上に飾られた一枚の肖像画から、ドロドロとしたおぞましい『血の涙』が溢れ出て、美術室の床全体へ液体ノイズ(精神侵食パッチ)となってドス黒くオーバーレイ(拡散)されていやがった。


 空間全体を埋め尽くす、過去にこの場所で挫折していった名もなき人間どもの、ドス黒い劣等感と憎悪のログ。


「――あ、あぁ……ッ! なんで、なんで私なんか……っ!!」


「嫌だ、誰も私を見てくれへん……死んでしまえ……ッ!!」


 美術室の床にへたり込んでいた美術部員や新一年生たちが、その血の涙の液体ノイズに触れてしまい、脳内メモリを完全にハッキング(精神上書き)されて正気を失い、爪が剥がれるのも構わずに壁をかきむしりながら暴走しちまっていた。


 だが、その狂乱のトラフィックのまんなかで、俺たちの視線スキャンが一箇所にロックオンされた瞬間、全員の思考回路が完全にフリーズ(処理落ち)した。


「――そこを、退きなさい。……私の邪魔をする存在は、すべて噛み殺してあげる」


 そこには、真新しいブレザーを血の涙でドロドロに汚し、瞳のテクスチャを狂気のエラーカラー(濁った黒紫)に染め上げた、新一年生の弓削が立っていた。


 昨日の放課後にあれほど鮮やかに覚醒させたはずの『二頭の式神の猛犬』が、今は弓削自身の狂暴な精神ログと完全同期し、俺たち最高管理者(生徒会)のログイン座標に向けて、獰猛な牙を剥いて低く唸り声を上げやがっている。


「……嘘、やろ。弓削ちゃん、またバグを引いてもうたんか!?」


 道満が戦闘用コートの袖を強く握りしめ、信じられないといった顔で声を震わせる。博雅も「弓削……っ! 昨日、あんなに嬉しそうにみかんをくれたお前が、なんで……ッ!」と、あまりの不条理なタイムラインに、黄金の氣の弓を引き絞る手が激しくブレていやがった。


 なぁ、あんたならどう思う?

 一昨日の女子トイレや西階段の危機を乗り越えてさ、昨日の放課後に理科室と体育館の特級バグを命がけでデバッグしたばっかりだぞ。その最前線にいつもピンポイントで強制ログイン(遭遇)させられた挙句、次の日の昼休みには怪異のウイルスをまともに浴びて敵のメインアタッカーに上書きされちまうんだ。


 弓削家の次期当主とかいう大層なアカウントを持って生まれながらさ、新学期が始まってまだ数日だぞ? どんだけ初期の運勢パラメーターがエラー(呪われ)を起こしてんだよ。やりたかないねー、ホンマによー!


「博雅、道満、有世! 弓削を五体満足のままサルベージ(正気に戻す)しつつ、あの壁の泣く肖像画の本尊をタスクキルするぞ!

 一パケットの猶予もねえ、力ずくで弓削の精神プロトコルをディープ・デバッグ(再起動)したるわッ!!」


 俺はポケットの中で五芒星のジッポを冷たく鳴らし、狂気に染まった弓削の式神が突撃してくる絶望の最前線へと向けて、無色の氣を両拳に最大出力でリロードした。

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