第十四話:イレギュラー・バグと深夜の連続アラート
――カララン、と。
騰蛇の黒紫の炎によって分子レベルで焼き切られた人体模型の、燃え残りのプラスチック片が冷たい理科室の床に小さく音を立てて転がった。
俺はポケットから五芒星のジッポを抜き出し、カチャリと軽い金属音を響かせてタバコに火を付けた。深く紫煙を吸い込み、ふぅ、と吐き出しながら、床に散らばった模型の残骸をつま先で軽く突っつく。
その横では、自分の両手を信じられないといった様子で見つめたまま、カタカタと震えている新一年生の弓削が立ち尽くしていた。
「……なぁ、弓削」
「は、はいっ……!」
俺が珈琲の残り香が漂う空間で気怠く問いかけを飛ばすと、弓削は跳ね上がるようにして網膜のOS(視線)をこちらに向けた。俺はタバコの煙をくゆらせながら、淡々とソースコード(本質)を突きつける。
「お前、自分のそのスペック――弓削家の式神の力に、本気で気づいてへんかったんか?」
「私……本当に、ただのみかん農家の子だとばかり思ってました……っ。家でも、お父さんやお祖父ちゃんからそんなオカルトみたいなシステム(術式)の話、一パケットも聞いたことなくて……!」
弓削は顔を真っ赤にしながら、嘘偽りのない純度100%の困惑ログを吐き出した。なるほどな、実家のセキュリティ(隠蔽工作)が完璧すぎて、次期当主本人のアカウントに今の今までバグ(覚醒)の通知すら届いてなかったわけだ。
「まぁ、名門の血筋ってのは、本人がログアウトしてようが勝手に遺伝子レベルで同期しちまうもんだからな……」
博雅が黄金の氣を収めながら、少し同情するように弓削の肩を叩く。道満も「そうやで、弓削ちゃん。あんたのさっきの式神、うちの九字切りと合わせても一ビットの遅れもなかったわ!」と、優しくフォローのパケットを送信していた、まさにその時だった。
――ビ、ビビビビビビッッッ!!!!!
俺のポケットの中、そして有世と繋がっている生徒会専用の通信デバイスが一斉に、鼓膜をぶち抜くような超特級の凶悪な警告音を鳴り響かせた。
『――晴明先輩! 博雅先輩! 応答してください、最悪なイレギュラー・バグ(例外処理)が走っていますッ!!』
「有世!? どないしたんや、人体模型のデバッグ(タスクキル)なら、たった今終わったところやぞ」
俺が受話器の向こうの有世にクエリを投げると、スピーカーの向こうから、副会長の、完全に処理落ち寸前の絶叫パケットが飛び込んできた。
『ダメです、その人体模型の消滅データ(ログ)をトリガーにして、次のシステムエラーが強制起動しています! 二十四時間の発生サイクルを完全に無視して……今まさに、南校舎の【第四の不思議:音楽室のベートーベン】が、最大出力で強制リブートをかけようとしています……っ、いや、もう始まっていますッ!!』
「――ッ!?!?!」
有世のその絶叫パケットが理科室のトラフィックに同期された瞬間、俺たちの脳内OSが最悪な予感で一気に凍りついた。
なぁ、あんたならどう思う?
ありふれた学校の怪談だと思って一個ずつ順調にデバッグしてたはずなのにさ。三つ目のボスを倒した瞬間に、次の四つ目がインターバルなしで背後から直接ハッキング(不意打ち)を仕掛けてくるんだわ。ゲームの仕様にしては、ちょっと難易度の上げ方がエグすぎやしねえか。やりたかないねー、ホンマによー!
「……チッ、一服する猶予もくれへんのかよ! 行くぞ道満、博雅、弓削! 音楽室のベートーベンが学園中のスピーカーをジャック(大炎上)させる前に、今度こそ根こそぎ一括消去やッ!!」
俺はまだ半分も吸ってねえタバコを床のプラスチック片と一緒に踏み消すと、ジッポをポケットへ叩き込み、夜の闇に完全に呑まれかけた南校舎の音楽室ドメインへと向けて、全員で再び猛烈なスプリントを開始した。




