第九話
「この部分がこうで……」
仕事をしていると、結愛がタオルを持って近づいてきた。
「旦那様。お風呂の準備ができています。背中をお流ししましょうか?」
「い、いやいやいや!いい!大丈夫!」
「そうですか?衛生管理の観点からもサポート可能ですが……」
「だ、大丈夫だから!」
結愛は小さく首を傾げたが、それ以上は踏み込んでこなかった。
「まったく……いくらアンドロイドだからって困るよな……」
お風呂の中で手を組んで、お湯をぴゅっぴゅっと壁に飛ばす。
「しかし、これからどうなるんだろうな……というかテスター期間も使用者が満足するまでなんて抽象的だし……」
「旦那様、お湯加減如何でしょうか?」
外から話しかけてくる結愛。
女性的なシルエットだけが、すりガラスから見える。
「大丈夫だよ、ありがとう結愛」
「いいえ、大丈夫ですよ。ただ旦那様にお願いがあります」
改まってなんだ?と思いながら、分かったと答えて結愛は続ける。
「その、やはり必要な事なので、いつか一緒にお風呂に入る事をお許しいただきたいのです」
それはテスターとして必要なのだろ。
結愛の声色でなんと無く察した。
でも恥ずかしい事この上ないし、欲情したらどうするつもりだ?と自問自答する。
「ダメ、でしょうか?」
泣きそうな声に、俺は健闘すると答えて、湯船に顎と唇を付けてコポコポと泡を出し続けた。
「こちらお風呂上がりの冷水です。コーヒー牛乳ではなくて申し訳ありません」
風呂から上がると、コップの水を俺に差し出してきた。
「ありがとう、しかし何故にコーヒー牛乳?」
結愛は不思議そうな顔をしながら、腰に手を当てて飲むフリをする。
「統計的にこういう風に、風呂上がりにはコーヒー牛乳と統計学的に……」
「ぷっ……あはは」
俺が笑うと結愛は少しムッとする。
「違う違う、変なところだけAIだなってさ。俺がフルーツ牛乳派かもしれないし、味分からないって言ってたろ?」
「そう、ですね……それでは旦那様は何派なんですか?」
「俺か……最近は炭酸水かな」
「旦那様は現代のタイプなんですね」
「お風呂の中で歯を磨くから合理的だと言って欲しいな」
そんなくだらない会話をしつつ夜はふける。
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「お休みの準備を整えました。布団の温度も調整済みです」
寝る準備を済ませた結愛は、布団の横にちょこんと座っている。
枕の部分をぽんぽんと手のひらで優しく叩く。
おいでおいでと言わんばかりに。
「……一緒には寝ないからな?」
「はい。旦那様の意向を尊重します」
そう言いながらも、布団の端を丁寧に整えてくれる。ほんとにこいつは分かってるのか?
そう思いながらも布団に入る。
「朝起きたら布団の中とかやめろよ?」
「それはフリでしょうか?」
「ちゃうわ!」
俺が横になると、結愛はそっと布団を肩まで掛け直した。
「寝返りで布団がずれた場合は、適宜調整しますね」
「……そんな機能まであるのかよ」
「はい。安心して眠れるように設計されています」
部屋の灯りが落ち、静けさが戻る。
結愛は充電ポートの前に立ち、こちらを一度だけ振り返った。
「旦那様。今日も一日、お疲れさまでした」
その声は、妙に胸に染みた。
「……おやすみ、結愛」
「はい。おやすみなさいませ」
結愛は静かに椅子へ腰掛け、目を閉じた。
人工のはずなのに、
その姿はどこか“見守っている”ように見えた。
俺はゆっくりと目を閉じた。
今日だけは、
何も“決めなくていい”夜だった。




