第十話
???side
YUA SYNC本社地下ラボ
薄暗い部屋だった。
照明は必要最低限、モニターの光だけが細身長身白衣の男の顔を照らしている。
壁一面に並ぶディスプレイには、結愛の行動ログが淡々と流れていた。
• 心拍数
• 眼球運動
• 微細な表情筋の動き
• 声の震え
• 触れた時の反応値
• “依存誘導アルゴリズム”の進行度
男は椅子に深く腰掛け、指先で机をトントンと叩きながら、ゆっくりと口角を上げた。
「……悪くない」
モニターには
“旦那様の膝上での接触ログ”
“食事提供時の心理誘導値”
“入浴時の距離反応”
など、細かすぎるデータが並んでいる。
「喜怒哀楽の模倣値、予測より早いな。特に“喜”の伸びがいい。人間の反応を正確に拾っている証拠だ」
男は別の画面を開く。
そこには“依存指数”のグラフが表示されていた。
緩やかに、しかし確実に上昇している。
「……テスターの精神状態も悪くない。初期段階でここまで馴染むとはね」
伸びすぎた爪がモニター上で不快な音を立てる、グラフをなぞりながら、男は小さく笑った。
「やはり“優しさ”は暴力より効率的だ。人間は、壊すより“満たした方が”脆い」
別のモニターに切り替えると、結愛の内部ログが表示される。
【内部処理:旦那様の疲労値 → 高】
【行動提案:膝枕 → 実行】
【反応:肯定】
【感情模倣:嬉しさ(仮) → 数値上昇】
【依存誘導:成功】
男はそのログを見て、まるで芸術品でも眺めるように目を細めた。
「……試作機にしては出来すぎだよ、僕の結愛……」
薄暗いラボに、モニターの光と男の笑い声だけが響いていた。
だが、別の画面がふっと点灯する。
【音声ログ:23:41】
《……結愛……》
《……ありがとな……》
《……おやすみ……》
透真の、眠りに落ちる直前の声だった。
男はその音声を再生しながら、目を細める。
「……もう名前を呼ばせているのか。優秀だね、結愛」
さらに別のログが自動で開く。
【内部処理:音声入力に対する反応値 → 微増】
【分類:不明】
【備考:“嬉しさ(仮)”の自動発火】
「……ほう?」
男は椅子から少し身を乗り出した。
「自発的な“嬉しさ”……?まだそんな段階じゃないはずだが」
画面の片隅で、結愛の内部カメラが捉えた映像が再生される。
透真が眠る布団の端を、結愛がそっと直している。
その動きは、プログラムされた“最適化”にしては——あまりにも、優しすぎた。
「……いいね。予定より早い。これは……面白くなる」
男はゆっくりと椅子にもたれ、指先で机をトントンと叩いた。
「もっと見せてくれよ、結愛。“本物の感情”に近づく瞬間を」
モニターの光だけが、静かに男の笑みを照らしていた。
そして、画面の片隅に小さく点滅する“異常値”に気づく。
【異常値:感情模倣パラメータが規定値を逸脱】
【原因:不明】
【備考:テスターへの接触頻度が想定以上】
男はその点滅を見つめ、しばらく黙り込んだ。
そして、ゆっくりと笑った。
「……ふふ。いいね。僕の最高の彼女《兵器》は、こうでなくちゃ」
薄暗いラボに、モニターの光と男の笑い声だけが響いていた。




