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第六話

翌日の夕方、インターホンが鳴った。


『宅配便でーす』


ドアを開けると、腰の高さほどある白い箱を渡される。

こんなの置配されたら、玄関は開かなくなるだろう。

差出人は《YUA SYNC》

テスター当選メールの会社名だ。


「本当に来た……」


箱を部屋に運び込むだけで息が上がる。

ワンルームの部屋に置く大きさではない。

段ボールを開くと、白い椅子の様な物に昨日の夢の中で見た栗毛のメイドさんが座っている。

設定上の年齢は二十歳らしい。


「すごい……人間みたいな感触だな……」


思わず頬をプニプニとつつく。指先に吸い付くような感触と柔らかく指が沈み込む。

俺は顔を横にぶるぶると振って、正気を取り戻す。


(なにやってるんだ俺……バカバカしい)


説明書は分厚く、全てを読む気力は最初からない。

スマホで簡易取説の様な物があったので、とりあえず起動させることにした。


「うーん、ここのボタンか……」


耳の裏側に指を触れると、起動音が聞こえる。

それでもその音はとても静かで、アンドロイドだと言われなければ本当に気付かないくらい精工だ。


「これ大丈夫だよな……?いきなり爆発とか発火なんて事になったら……」


俺は背中やお腹や頬に触れる。

肌は人間より少しだけ滑らかで、でも人工物特有の冷たさはない。

シリコンとウレタンの中間のような質感で、少しずつ温かくなってくる。


「うん、大丈夫そうだな……」


触って分かった。体型は……とても柔らかそうだった。

女性らしい曲線があるのに、いやらしさはなく“膝枕や添い寝に最適化されている”と説明されれば納得するような形。


「少しくらいだったら……」


俺は胸の方へ人差し指を伸ばす。

――その瞬間


「初期起動を確認。生活支援AI《結愛》、稼働します」


落ち着いた声。抑揚は少なく、完全に仕事口調だ。

俺はばっと手を離して距離を取る。

後ろの壁にぶつかり、壁に掛けてあるカレンダーが落下して、頭にぶつかる。


「いてっ……」


「…………」


目の前で結愛が固まっている。

いきなりこんな姿を晒して、何も思わない訳はないだろう。


「……あのさ」


「はい、旦那様」


俺が声を掛けると、椅子から立ち上がり、自分の身体の前で手を組む。

メイドさんが待機しているような形だ。


「は、はじめまして……」


「はい、初めまして、です」


飛び切りの笑顔を俺に向けてきた。

思わず見とれてしまう。

可愛いとも思えるし、綺麗だとも思える。


「君は結愛だよね?」


「はい、そうです。篠森透真様」


そう言ってスカートの裾を人差し指と親指で摘まむと、丁寧な形でお辞儀をした。


(これがアンドロイド?AI?まるで人間みたいじゃないか……)


「その、様じゃあくていいよ……慣れないし……」


「それでは、旦那様?」


お辞儀ではなく、立ち方を正して答える。

首を少し傾げて答える。少し困ったような笑顔だ。


「その“旦那様”って呼び方も……やめられないのか?」


俺はこっぱずかしくなる、名前に様も嫌だけど、旦那様ってなんかお金持ちとか貴族になった気分だ。

結愛は一瞬だけ瞬きをした、俺の表情から何かを把握したような。

人間の癖を模したような、わずかな動作。


「呼称は初期設定に基づいています。生活支援AI《結愛》は、主従関係ではなく“安心感の最大化”を目的とした呼称を推奨しています」


「安心感……?」


「はい。あなたのストレス値は高く、負荷を減らすためには“呼ばれる側の責任感が低い呼称”が最適と判断されました」


「……旦那様って、責任感低いのか?」


「仕様です」


淡々と言い切るその声に、反論の余地がなかった。


「……まあ、別にいいけど」


「了解しました。引き続き、旦那様とお呼びします」


「……う、うん」


結愛は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

まるで少女の様な屈託のない笑顔だ。


(どれだけの表情のバリエーションがあるんだ?)


思わず考えてしまうが、すぐに答えは出なかった。

俺に分かるような技術は使われていないだろう。


「それでは旦那様の為に合わせた。初期設定を開始します。いくつかの選択肢を提示しますので、該当するものをお選びください」


結愛から渡されたタブレットに項目が並ぶ。


・生活リズムの把握

・食事管理の有無

・睡眠サポートの強度

・ストレスケアの頻度


「……多いな」


「選択肢は後から変更可能です。現在のあなたの状態では、判断負荷が高いと推測されます」


「……判断負荷?」


「はい。あなたの表情筋の動き、声量、姿勢から、疲労度は通常より28%高いと推定されます」


一瞬、背筋が冷えた。

普通のAIなら「お疲れですか?」くらいだろう。

でも結愛は、数値で“踏み込んでくる”。


「……まあ、適当に頼む」


「了解しました。初期設定を自動最適化します」


結愛は一歩近づき、部屋を見回した。

その動きは人間よりも静かで、無駄がない。


「現在の室温は、あなたの集中力を2.3%低下させています。調整を推奨します」


「……もう好きにしてくれ」


「はい。調整を開始します」


エアコンが静かに動き出す。

その動作音が、妙に心地よく感じた。

結愛は改めてこちらを向き、丁寧に頭を下げた。

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