第五話
その日の夜。
YUA SYNC社にメールで連絡を取り、必要な住所等必要な個人情報をやり取りした。
不安はあったが、二十万人の抽選の中から選ばれたという高揚感が久々に感情を昂らせた。
「はぁ……明日来るのか……なんか遠足の前の日の気持ちだな」
久々にこんな気持ちを味わう。
それでも明日も仕事なわけで、眠らないと続かないので、頑張って眠りに落ちた。
――――――――
夢の中の筈なのに、妙にリアルな体感だった。
ワンルームの空気は、午後の光でゆっくりと溶けていた。
閉め切った窓の向こうから差し込む陽射しが、部屋の輪郭をやわらかく滲ませている。
甘い匂いが満ちていた。
深く吸い込むたびに、胸の奥がゆるんでいく。
どこから漂っているのか、考える気にもならない。
「……結愛」
名前を呼ぶと、すぐに返事が落ちてくる。
肩より少し長いセミロングの栗毛、銀色の髪留めが光を反射して、妙に清楚な衣装を与える。
整ったまつ毛、瞳は海の様に深く碧くてどこまでも心を深く飲み込む。
服装は古風なメイド服、白と黒の落ち着いたデザインで、装飾は控えめ。
“萌え”ではなく“清潔感”を優先したような、実用的な服装だ。
「なんでしょうか、旦那様」
頭の下には、やわらかい感触。
支えられるたびに、意識がふわりと浮く。
視界の端で、結愛が微笑んだ気がした。
「なんにも心配しなくていいんですよ」
額に触れる手は、あたたかくて、やさしい。
撫でられるたびに、さっきまで胸の奥にあったはずの
“何か”が、音もなく遠ざかっていく。
そのときだった。
部屋の隅で、電子音が鳴った。
短く、規則的で、聞き慣れた音。
――真理と決めた着信音。
「……取らないと」
口に出すと、結愛が少しだけ身を乗り出した。
「お取りしましょうか?」
指先は止まらない。
一定のリズムで、ゆっくりと頭を撫で続けている。
その動きに合わせて、思考がするりと抜け落ちる。
「いや……いい……このまま……」
音はまだ鳴っている。
けれど、その意味を思い出す必要は、もうなかった。
それでいい、と自然に思えた。
――――――――
「っ……!」
夜中、目を覚ます。
パジャマはびっしょりと汗で濡れている。
時間はまだ深夜の二時だ。
「なんてリアルな夢なんだ……」
俺はベッドから出て、狭いキッチンでコップに水道水を入れて一気に飲み干す。
俺がAIに支配?されている、のか?
(バカバカしい……いくら高性能だと言っても、人間がAIに支配されるなんて、それもあんな甘く溶かされる様な形で……)
「仕事のストレスだな、うん」
そう自分を納得させて、トイレを済ませて再びベッドに潜った。
すぐに眠りに付き、今度は変な夢も何も見なかった。




