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第二十五話

真理side


「もう、見失っちゃったじゃないの」


周りを見渡しながら透真君を探す。


「そう言われたってお腹空いてたんですから仕方ないじゃないですか」


宮坂君はポテトを美味しそうに頬張りながら言う。

その呑気さが、今は妙に腹立たしい。

胸の奥がざわざわして、落ち着かない。


「しかし、よく食べるわね……」


「朝飯を友達と食べる予定だったのに、課長が……」


「……あれ?透真?」


私の視線の先──


「なんか手を繋いで、走ってますね」


宮坂君の言葉が、胸の奥に冷たいものを落とす。

その瞬間、呼吸がわずかに乱れた。


(……やっぱり普通じゃない)


手の繋ぎ方、距離感。

あれは“ただのAI”に向けるものじゃない。

むしろ──恋人同士のそれに近い。


(……透真、あなた、あの子に……)


胸の奥がきゅっと縮む。

自分でも驚くほど、痛い。


「仲良さそうですね」


「そうね……」


その声は、ほんの少しだけ掠れていた。

自分でも気づかないほど小さく。

言葉にした瞬間、その“仲良さそう”という言葉が自分に刺さる。


(AIに……取られそうって、何よそれ。そんなの、馬鹿みたいじゃない……)


でも、否定しても痛みは消えない。

むしろ、じわじわ広がっていく。


透真が笑っていた。

彼女も笑っていた。

その光景が、胸の奥に焼き付いて離れない。


「課長?」


宮坂君が心配そうに私の顔を覗き込む。


「帰る」


「ぇ、今なんて?」


「帰るって言ったのよ」


二人に背を向けて順路を逆走する。

背中はまっすぐなのに、歩幅だけが少し乱れて、人に当たる、気にならない。

足元がふわつくのは、怒りのせいか、それとも別の感情のせいか、自分でも分からない。


「ぼ、僕はなんのために……」


「うるさいわね、殴るわよ?」


「理不尽っす……」


宮坂君の嘆きが遠ざかる。

私は歩きながら、さっき見た“恋人繋ぎ”を何度も思い返していた。


(……透真……あなた、本当に……あのAIに……ううん、結愛に奪われるつもり?全てを捨てるの?)


胸の奥で、言葉にならないざらつきが、静かに広がっていった。

そのざらつきは、歩くたびに少しずつ大きくなる。


(……嫌だ。こんな気持ち、知らなかったのに)


私は唇を噛みしめた。

自分の中で何かが変わり始めていることに、まだ気づきたくなかった。


ーー


透真side


「はぁ、はぁっ……結愛、大丈夫か?」


俺は息を切らしながら、結愛の肩を覗き込んだ。

さっきまでの緊張がまだ抜けていない。


「はい、結愛は大丈夫です」


結愛は胸に手を当てて、呼吸を整えるように小さく頷いた。

その仕草が妙に人間らしくて、透真は胸がざわつく。


「それなら良かった……」


安堵と同時に、さっきの自分の行動が頭をよぎる。


「お手間掛けて申し訳ありません」


「いや、こっちも、結愛が可愛いの忘れて油断してた……」


言った瞬間、自分でも“何を言ってるんだ俺”と頭を抱えたくなる。


「と、透真さん?き、急にそんな風に言われると……」


結愛の声がわずかに震えた。

頬がほんのり色づいている。


「ご、ごめん。そんなつもりなかったんだけど」


「いえ、嬉しいので内部メモリにしっかりと焼き付けておきます」


(焼き付けるのか……)


俺は心の中で頭を抱えた。


「そ、そうか……でも次からは二人で移動しようか……」


「そうですね。あともう少しでセーフティーが外れる所でした」


「セーフティー?」


「はい、自己防衛機能です」


「どうなるの?」


「生殖機能の破壊です」


「うっ……」


想像して顔が一瞬で青ざめる。

股間を思わず両手で抑えてしまう。


「嘘です」


「AIジョークか、焦るだろ……」


「ふふっ。本当は人間を傷付けてはいけないとプログラムされているので、本当に困っておりました」


結愛は胸元を押さえながら、さっきの恐怖を思い出すように目を伏せた。


「それなら良かった。でも拉致されたら困るよね」


「それなら自動通報装置とGPSがあるので、安心してください。透真さんのスマホにアプリが入っていて、それを開くと私の居場所が分かるようになっております」


「そうなんだ……」


(そんな機能あったのか……完全に知らなかった)


「それを見て来てくださったのではないのですか?」


「いや、ちゃんと取説見てなかったから……なんとなく結愛がこっちに居そうだなと思って……」


「そ、そうなんですか……」


結愛の頬が、さらに赤くなってる気がした。


ーー


水族館を出ると、昼時の街はどこも混んでいた。

店の前には行列、行列、行列。


「どこもいっぱいだな……」


都会の昼は、胃袋に厳しい。


「検索いたします」


結愛はすぐにスマホを取り出し、指先が滑らかに画面を走る。


「うん、頼んだ」


水族館でもそうだった。

行く場所を先に調べてくれるし、混雑も予測してくれるし、昼飯の候補もすぐ出してくれる。


(……楽だな。結愛といると)


「出ました。ここから歩いて5分程度です」


「ありがとう。ちなみにどこにしたの?」


「お好み焼き屋さんです。歩き疲れもあるので、

 お座敷でゆっくり座れる所がよろしいかと」


結愛は淡々と言うけれど、その選択は“気遣い”そのものだった。


「久々だな、お好み焼きなんて……」


「透真様の趣味嗜好は、ある程度把握しております」


きっと結愛が焼いてくれるんだろう。

ソースの匂いが食欲を刺激する。


「でも趣味嗜好って……なんか含みありそうだけど……今はありがとう」


結愛は俺の手をぎゅっと握ってくる。

握り方がなんだか最初の頃よりも手に馴染んで来てる気がした。


「こういう趣味嗜好も可能です」


「ほどほどに頼むよ……」


距離が近いと胸が高鳴るし、手の握り方がなんだか、意識させられてしまう……


「ふふっ、それでは行きましょう」


結愛は軽くスカートを揺らしながら歩き出す。

その後ろ姿を見ながら、透真はふと思う。


(……テスターとしてのデートのはずなのに、なんか、本当にデートみたいだな……)


その自覚が、胸の奥で小さく熱を灯した。




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