第二十二話
シャワーを浴びて、家着のTシャツとスウェットを適当に身につけてリビングへ戻る。
扉を開けた瞬間──
思考が一瞬、止まった。
「どうでしょうか、旦那様」
そこに立っていた結愛は、いつものメイド服ではなく、淡い水色のワンピースを身にまとっていた。
「その……会社から支給されているモノなので。お見苦しいかもしれませんが……」
お見苦しいどころか、芸能人かと思うほど綺麗で、言葉が出なかった。
柔らかい布地が光を受けてふわりと揺れ、肩から胸元のラインも自然で、動くたびに裾が軽く波打つ。
(……可愛いな)
反射的に浮かんだ言葉に、自分で驚く。
「この服装で、外出は問題ないでしょうか?」
結愛が少しだけ首を傾げる。
その仕草が妙に人間らしくて、胸がざわついた。
「……ああ。すごく、似合ってるよ」
言った瞬間、結愛の表情がふわっと明るくなる。
「良かった……です」
その笑顔に、また胸が跳ねた。
(……俺も、まともな服に着替えないとな)
クローゼットを開けようとしたとき、結愛がすっと近づいてきた。
「旦那様、こちらのシャツが本日の気温に最適です」
差し出されたシャツは、俺が選ぶよりずっと“外出向き”だった。
「……ありがとう」
受け取ろうとした瞬間、結愛がさらに一歩近づく。
ふわり、と甘い香りがした。
(……結愛の匂い?)
昨日の抱擁のときに感じた、あの優しい香り。
でも──
その奥に、微かに“別の香り”が混ざっている気がした。
(……真理の……? いや、気のせいだ)
結愛はAIだ。
そんなはずはない。
そう思いながらも、胸の奥がざわつく。
結愛が近くで微笑む。
その唇が、いつもより少しだけ艶やかに見えた。
光の加減かもしれない。
でも、目が離せなかった。
(……俺はAI相手に何を考えてるんだ)
慌てて視線を逸らす。
「だ、大丈夫ですか、旦那様?」
「いや……なんでもない」
結愛は不思議そうに首を傾げた。
その仕草がまた胸に刺さる。
(……落ち着け。今日はただのテストだ)
そう自分に言い聞かせながら、俺は結愛の選んだシャツを手に取った。
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駅までの道を歩き、電車に乗り込むと、昼前の車内はそこそこ混んでいた。
結愛は俺の隣に立ち、吊り革をそっと握る。
淡い水色のワンピースが揺れるたびに光を拾って綺麗だった。
(……やっぱり可愛いよな)
そう思った瞬間、周囲の視線がちらちらと結愛に向いているのに気づく。
若い女性、学生、サラリーマン。
みんな一瞬だけ結愛を見て、すぐ視線を逸らす。
(そりゃ見られるよな……)
そんなことを考えながら結愛を見ると、結愛が小さく首を傾げた。
「……旦那様? 何か、ついていますか?」
「いや、なんでもない」
「不思議な旦那様です」
その言葉に、近くの乗客がちらっとこちらを見た。
(……やばい)
“旦那様”という単語が、この公共空間では妙に響く。
「……あのさ、結愛」
「はい?」
「外では……透真って呼んでくれ」
結愛は一瞬だけ固まり、ほんの少しだけ頬を染めたように見えた。
「……と、透真……さん」
その声が小さくて、電車の揺れに溶けていきそうだった。
(……なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい)
俺も顔が熱くなる。
二人して前を向いたまま、電車の走行音に耳を澄ませた。
ガタン、ゴトン──
規則的な音が、心臓の鼓動と重なって聞こえる。
結愛は隣で静かに立っている。
でも、さっきより少しだけ近い気がした。
(……落ち着け。今日はただのテストだ)
窓の外に視線を向けると、結愛が小さく「……透真さん」と呟いた。
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真理side
昨日は透真と飲んで、明日はデート。
(……ほんと、ひさびさだよね)
だから今日は、そのための買い物に来ていた。
新しいリップ。
軽めのファンデ。
少し可愛いトップス。
(透真、喜んでくれるかな)
そんなことを考えながら店を出たとき──
「あれ、宮坂くん?」
「えっ、課長!? なんでここに!?」
宮坂くんが男友達と歩いていた。
「買い物よ。あなたは?」
「いや、その……カラオケっす。友達が今日どうしてもって……」
宮坂くんが言いかけたそのとき、視界の奥に“もっと気になる二人”が映った。
(……え?)
水族館へ向かう通路。
そこを並んで歩く二人。
透真。
そして──
見たことのない可愛い女の子。
淡い水色のワンピース。
栗色の髪をまとめて、ぎこちなく透真の隣を歩いている。
(……誰?いや、待って……)
透真が最近話していた“テスター”。
生活支援AI。
名前は──
(……もしかして、あれが結愛?)
胸が、きゅっと鳴った。
「宮坂くん」
「は、はい」
「あなたも一緒に来なさい」
「えっ!? ちょ、課長!? 俺、今日カラオケで──」
「いいから」
腕を掴んで歩き出す。
「うわっ、ちょ、ちょっと待ってくださいって!あれ透真先輩ですよね!?隣の子……あれ結愛ちゃんじゃないっすか!?なんでデートしてんの!?俺なんで拉致られてんの!?課長ぉぉ!」
宮坂くんの友達は気圧されて一歩引き、
「……た、達者でな!宮坂……!」
とだけ言って見送った。
「宮坂くん、急ぐわよ」
「いやいやいや課長!?今日ロクな事ない気がするっす!」
(……透真。あなた、何してるのよ)
胸の奥がざわついたまま、私は二人の後を追った。
「自分の話聞いてほしいっすー!」




