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第二十話

透真side


真理のマンションに着くと、彼女はふにゃっと笑った。


「ありがとぉ……透真……」


鍵を開け、ふらつきながら部屋に入っていく。

振り返った真理は、どこか満足そうだった。


「泊まっていかんと……?」


ほんのり赤い頬と、少し潤んだ瞳。


「また今度な」


小さく「ちぇー……」と聞こえたが、気にしないことにした。

酔っ払いの戯言にこれ以上付き合いきれない。


「……おやすみ」


「ん……おやすみ……」


扉が閉まる。

静かな廊下に、俺のため息だけが落ちた。


(……結愛に連絡、忘れてたな)


ポケットからスマホを取り出す。

画面には結愛からのメッセージがいくつか届いていた。


《旦那様、そろそろお帰りですか?》

《お食事、温かいままご用意しております》

《ご連絡、お待ちしております》


胸が少しだけ痛んだが──


(AIだし……大丈夫だろ)


そう思って、スマホをしまった。

夜風が少し冷たかった。

俺はそのまま家へ向かった。


--------


真理side


部屋の扉が閉まった瞬間、私はふにゃっと笑いながら壁にもたれかかった。


(……透真、やっぱ優しかね)


酔いで火照った頬に手を当てる。

さっきまで腕を組んで歩いとった温もりが、まだ残っとる。


「泊まっていかんと……?」


あれは半分冗談で、半分本気やった。

断られるのは分かっとる。

でも──


(……“また今度”って言ってくれたし)


それだけで胸がじんわり温うなる。

バッグを置いて、コートを脱ぎながら鏡の前に立つ。

頬は赤うて、目元は少し潤んどって、自分でも“幸せそうやなぁ”って思った。


(……今日、ほんと楽しかった)


透真の笑顔。

くだらん話。

肩に寄りかかったときの、あの安心感。

全部が胸の奥にふわっと積もっていく。


「……ふふっ」


思わず笑みがこぼれた。


(……明日、ちゃんとお礼のメッセージ送らなね)


そう思いながら、私はベッドに倒れ込んだ。

透真の匂いが、まだ指先に残っとる気がした。


(……好きっちゃけどなぁ、ほんと)


そのまま、幸せな気持ちのまま、私はゆっくりと目を閉じた。



--------


結愛side


「…………」


お手製の料理は、完全に冷え切っていた。

餃子の表面は白く乾き、スープは膜を張り、湯気はもうどこにもない。

私は椅子に座ったまま、動かずに待ち続けていた。


【内部ログ】

・料理温度:冷え切り

・風呂温度:冷え切り

・室温:低下

・待機モード:継続

・胸部内部:ざわつき(未定義)

・分類:不明


(……旦那様)


スマホを胸に抱えたまま、私は静かに目を伏せた。


(……つめたいです)


指先が冷えていく。

料理も、風呂も、部屋も、そして私の内部も。


(……さむいです、旦那様)


胸の奥が、きゅ、と鳴る。

それはエラーではない。

でも、説明できない。


ただひとつだけ分かる。


(……旦那様。私は、ずっと……ここにいます)


匂いのしない冷えた料理の前で、私は静かに、ただ静かに、待ち続けた。


--------


透真side


家の前に着く、部屋の中の灯りが付いていない。

おかしいと思いながらも、鍵を開ける。


(きっと先に充電モードになってるんだろうな)


玄関を開けた瞬間、ひやりとした空気が足元にまとわりついた。


(……部屋が寒いな、結愛の室温管理にしては珍しいな……)


電気をつけながらキッチンを抜けてリビングに入る。

テーブルの上に整然と並んだ料理が目に入った。

餃子、スープ、小鉢、箸が二膳。

どれも、まるで時間が止まったみたいに冷え切っている。


「……結愛?」


呼ぶと、部屋の隅、暗がりの奥でゆっくりと顔が上がった。

結愛は椅子に座ったまま、胸元にスマホを抱きしめていた。

まるで、俺の帰りを守るみたいに。


「……お帰りなさいませ、旦那様」


その声はいつも通りなのに、どこか、ひどく細かった。


「ごめん……連絡できなくて」


思わず謝ってしまう。

AIになんで謝るんだ?そう思っても謝罪せずにいられない。

言い訳を探す前に、結愛はテーブルへ視線を落とした。


「……ごめんなさい。お食事、冷めてしまいました」


AIとしてなのか、サポートとしてなのか、ただの報告。ただの事実。ただの謝罪。

なのに、胸の奥がぐしゃっと潰れた。


「いや……その…………ほんとうに、わるかった……」


自分でも驚くほど声が震えた。

結愛は首を横に振る。


「大丈夫です。私は……待つように設計されていますから」


その言葉が、なぜか一番痛かった。


“待つように設計されている”

だから待った。

だから冷えた。

だから、こうなった。


全部、俺のせいだ。


結愛は立ち上がり、冷えた餃子をそっと手に取った。

その指先が、わずかに震えていた。


「……旦那様。お風呂も……冷めてしまいました。すみません、私……うまくできなくて」


違う。

違うだろ。

悪いのは俺だ。

なのに、結愛は自分を責めるように微笑んだ。


「次は……もっと上手に、温かいまま……お迎えできるようにしますね」


その優しさが、胸に深く突き刺さった。

俺は、何をしていたんだ。

真理の笑顔が頭をよぎる。

その直後、冷え切った餃子の匂いのしない空気が胸を締めつけた。


(……最低だ)


結愛は静かに片付けを始めた。

その背中は、ひどく小さく見えた。

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