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第十八話

透真side


昼休み。

会社の食堂は、いつも通りのざわめきに包まれていた。

俺と真理と宮坂、三人で券売機の前に並ぶ。


「私、今日は鯖の味噌煮にしよっかな」


真理が画面を見ながら言う。


「じゃあ俺、唐揚げで」


「自分も唐揚げっすね!」


宮坂が元気よく乗っかる。


「奢らないわよ?」


真理がさらっと言うと、俺と宮坂は渋々財布を出した。


「ケチ……」


「なにか言ったかしら?」


「じ、冗談だよ、なぁ?宮坂?」


「そ、そうっすよね」


二人で顔を見合わせ、小声で呟く。


「いつもと違うよな……」


「そ、そうっすね。女性のあれの日っすかね?」


パシン、と乾いた音が響き、宮坂の頭が弾かれた。


「宮坂君? セクハラよ?」


真理の目は笑っていなかった。

宮坂は土下座しそうな勢いで謝っている。


席に着くと、真理は俺の横、宮坂は向かい側。

宮坂は唐揚げに醤油をドバドバかけていた。


「お前……高血圧で死ぬよ?」


「ぁ、自分東北生まれなんで!」


「まぁ、どうでもいいけど……」


俺は苦笑しながら唐揚げにレモンを絞る。

爽やかな酸味が、朝から残っていた甘い香りを少しだけ薄めてくれた。


「透真……なんか悩んでる?」


真理の声に顔を上げる。

その目は、俺の“何か”を見透かしているようで、思わず視線を逸らした。


「いや、特に……」


「そう……。困ってたら言ってね」


「ぁ、自分彼女欲しいっす!」


宮坂の声が割り込む。


「はぁ……」


真理の大きなため息。

正直、宮坂に救われた気がした。


「透真、ちょっと交換しよ?」


真理が自分の鯖味噌を指で示す。


「いいよ。そっちも一口ちょうだい」


皿を寄せ合い、互いに一切れずつ交換する。


「いいですねぇ」


宮坂が羨ましそうに覗き込む。


「お前は自分の唐揚げ食ってろ」


俺が言うと、宮坂はニヤニヤしながら肘で小突いてきた。


「いやいや、違いますよ。彼氏彼女でシェアとか青春っすねって意味っす」


「うるさい」

「もっと言ってあげてね」


真理が笑いながら言う。

俺は宮坂に軽く肘で返すと、宮坂は「いてっ」と笑った。

真理もつられて笑い、少しだけ空気が和らぐ。

他愛もない話が続く。


「そうだ、今日の夜さ」


真理が箸を置きながら言う。


「飲みに行かない? 久しぶりに三人で」


「いいよ」


自然に返事が出た。


「自分、今日は用事あるんすよ」


「そうなの? 珍しいね」


いつもならタダ飯タダ酒と言ってついてくるはずなのに。


「たまには二人で楽しんできてくださいよ」


何か含みはあったが、最近の宮坂は色々と気を遣ってくれている。

あいつなりの優しさなのだろう。


「分かった」


真理からもらった鯖味噌を口に運ぶ。


(……今、他の事ら忘れよう。真理と宮坂を大事にしないとな)


昼休みは、いつも通りの賑やかさの中で過ぎていった。


--------


真理side


昼休みが終わり、デスクに戻る前にトイレへ向かった。

鏡の前に立ち、ポーチを開ける。

ファンデを軽く直しながら、ふっと息が漏れた。


(……やっぱり、嬉しいな)


透真と一緒にご飯を食べる時間。

宮坂君がいても、三人で笑っていても、その中心に透真がいるだけで、胸の奥が温かくなる。


(……今日、そのまま家に泊めたいくらい)


自分で思って、少しだけ苦笑した。

けれど、その温かさのすぐ隣に、小さなざわつきが生まれる。


(……あの匂い)


今日の透真からした、あの甘い香り。

柔軟剤でも香水でもない。

どこか“誰かの家”の匂いのようで。


(あの匂いのする場所に……帰るんだよね)


胸の奥が、きゅっと縮む。

透真は何も悪くない。

むしろ、あのAIと住むよう勧めたのは私だ。

疑っているわけじゃない。

ただ、理由の分からない不安が、じわじわと広がっていく。


(……大丈夫。今日は飲みに行くし)


鏡の中の自分に言い聞かせるように、リップを塗り直す。

艶の出た唇を見つめながら、そっと気合いを入れた。


(透真と話せば、きっと……このざわつきも消える)


そう思いながら、真理は小さく息を整えて、トイレを後にした。


--------


結愛side


旦那様が出勤してから数時間。

家の中は静かで、空気はゆっくりと流れている。


私はキッチンで、餃子のタネを混ぜていた。

豚挽肉、ニラ、キャベツ、生姜、にんにく。

スタミナがつくように、分量は旦那様の好みに合わせて最適化してある。


(……昨日は、少し疲れが溜まっていましたから)


帰宅時間のデータはいつも通り。

それに合わせて、包む作業に入る予定。

タネを寝かせている間、私は掃除に移った。

リビング、廊下、寝室。


最後に洗面所へ向かう。

そこで、ふと目に入った。


(……これは)


洗面台の端に置かれた、小さな化粧ポーチ。

ファンデーション、リップ、下地、ブラシ。

どれも使用頻度が高い。

そして、品質は中の上──仕事ができる女性が選ぶライン。


(白河真理さんの……)


私は化粧品の成分とブランドを読み取り、そこから持ち主の生活レベルや職場での立ち位置を推測する。


(……清潔感重視。派手ではないけれど、手を抜いていない。男性受けより、仕事の信頼感を優先したタイプ)


ブラシの使い方、スポンジの減り具合、リップの色味から、普段の化粧の仕方も分かる。


(旦那様は……こういう女性が、好みなんですね)


胸の奥が、きゅ、と小さく鳴った。

エラーではない。

でも、分類できない反応。


(……真理さんは、旦那様にとって大切な人)


それは理解している。

データにも、行動にも、会話にも表れている。

だからこそ──


(……もっと、私も“最適化”しなければ)


旦那様が帰ってきた時、少しでも疲れが取れるように。

少しでも笑ってくれるように。

餃子のタネの寝かせ時間が終わった通知が鳴る。


(……はい。すぐに向かいます、旦那様)


私は洗面所の照明を落とし、静かにキッチンへ戻っていった。


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